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女郎蜘蛛の末路・蜘蛛廻り編

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2 市屋那華子の場合



 某大学の作品展示室。在校生の制作物を展示する為に設けられたスペースで、在校生なら学生証を見せれば、部外者でもワンコイン程で観覧ができる。
 その一角に、市屋那華子の作品は展示されていた。
 大木と男の絵だ。題名は『永遠の樹』。瘤と傷だらけの太い幹が四方に広がる大木とそれとは対照的な美しい男の絵。大木の葉は下塗りに紫色を使っており、その上に新緑色を載せて全体をサイケデリックな色合いに仕上げている。特に毒々しいまでに露骨な下塗りの紫が、この絵の方向性を決定付けている。見る者を不安にさせるようで、なのに心にすとんと落ちて来るような仕上がりは、それ故にその不安を増長させる。
 市屋那華子は飾られた絵を不服そうに見上げる。本当は自分だけの絵のつもりだったのに、気が付けばこんなところに飾られている。美術講師に見られたのが不味かった。この絵を彼は甚く気に行ってしまい、気が付けばこの有り様だ。
 まあ、いい。――いや、よくないが、瑣末なことだ。これは彼であって彼ではないのだからと割り切れば良いのだ。
 ふと、那華子は気配を感じる。どうやら客のようだ。どうやら完全な部外者のようで、首から『ゲスト』と書かれた名札入れを下げている。長い黒髪を後ろに流していて、ツリ気味の目元と人好きのする笑みで猫のような愛嬌を持つ女性だ。
 ――一目見て、彼女が自分にとって好からぬモノであるということが分かった。
 客人は展示室に入って来ると、私を見て目を丸くする。少しきょどったような態度を見せたが、すぐに取り繕う。微細であるがじぃと観察すれば分かることだ。客人は取り繕った後に、今度は心の底から笑みを浮かべる。
 ――嫉妬を感じた。こんな笑顔、自分にはできない。
 客人はまっすぐ那華子の隣まで行くと、今度は那華子の絵を見つめ始める。
 なんなのだろうか? どうせなら他の作品にも目を通せば良いのに。那華子は不審がるが、ふと、自分がここに立っているからだと気付く。きっと自分が見ていたから、客人はこの絵を真っ先に見たがったのだと。
「この絵、綺麗ですね」
「そう、ですか?」
 お世辞だろうか? いや、この絵の作者が自分だと分かる筈がない。自分が市屋那華子であることは大学関係者ぐらいしか知らないことだろう。
「ええ、下塗りって言うんでしょうか? 緑色の下に塗られている紫色が良い味を出しているようにあたしは感じます。その紫色の所為で、この絵にグンと引き込まれる感じになります」
 何を知ったような口を、と言いたくなるところだが、美術講師にも、そして自分にすらそう言われたのだ。
「でも、その紫の所為で、なんというか、不安になるというか。うーん、難しいっ! ゲイジュツってどう説明していいのか分かんないんですよっ!」
 そう、客人は頭を掻き毟る。
「んー、なんというか。うん。この木が死神みたいって感じるのかな。この前の綺麗な男の人。この人を包み込むような感じに広がっている葉っぱに不安になるのかな。そんな風に感じました」
 女はざっくりと、この絵を評した。
「この絵を書いた人、この男の人をどんなつもりで絵に登場させたのでしょうか」
 そんなこと、決まっている。この絵の題名は『永遠の樹』。その永遠の樹と同じ枠にその男は書かれているのだから、この絵の作者、つまり自分はこの男を『永遠』にしたいのだ。自分だけの永遠のモデルに。
 彼を永遠のモデルにするにはどうすればいいのだろうか? あの女医が邪魔なのだろうか? いや、違う。それは違う筈だ。どんなに彼の周りにいる者を消そうが、彼は私の手の中からすり抜けてゆく。それでは『永遠』にはできない。だったらどうする?
「この絵、『永遠の樹』って題されてますけど、この男の人とどう関係しているんでしょうか。ゲイジュツって難しい……」
 そうだ、簡単なことだ。この絵が教えてくれている。彼を永遠にする方法を。
 ――彼を、最中苺春を消せばいいのだ。
「んふふ」
 ふと、隣りから視線を感じた。