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女郎蜘蛛の末路・蜘蛛廻り編

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1 染谷紅子の場合



 ――空っぽの冷蔵庫が嫌なのだ。
 染谷紅子は、いつも一人では処理できないほどの食材を買ってきては、冷蔵庫の中に収める。そして、満杯になった冷蔵庫を眺めながらの晩酌を日課としている。
 開けっぱなしの冷蔵庫から洩れる光が、紅子を照らす。端正な顔立ちで目元は少しきつめだが、それも不思議と愛嬌に感じられてしまう。長い黒髪を今は背中に流しており、風呂上がりの肌に張り付いて闇の中でもまぶしい。
 冷蔵庫から魚肉ソーセージを抜き取って口にし、発泡酒で流し込む。今度はチーズ。生ハムを摘み上げ、行儀悪く口に運ぶ。
 ――いや、冷蔵庫の前で食事をすること自体、決して行儀の良いことではないだろう。それを解かっていながらも、彼女はこの晩酌を止めようとしない。
「にふ、うふふ……」
 そして、脇に放り出していた総合口座通帳を開いて、童女のように笑う。
「遂に大台突破かぁ、頑張ったなぁ、あたし。んふ、ぅふふふ」
 寝転がり、通帳を抱え込む。平均より少し大きめの乳房に押し付け、抱きしめる。
「これも日頃の努力の結果なのだわさ」
「気持ち悪いよ、紅子」
 玄関から声が聞こえる。男の声だ。
「うるさいわね。これがあたしの日々の“動力”なのだわ」
「努力の結果が日々の動力に繋がるって……楽しそうだなぁ、あんた」
 最中苺春だ。苺春は紅子の部屋を便利の良いホテル代わりに使う時があり、紅子もそれを良しとしている。
 要は、都合のよい女なのだ、紅子という女は。人間の三大欲求、食欲、睡眠欲、そして性欲。それら全てをこの女一人で満たすことができる。それでいて束縛せず、別の女と寝たとしても笑って許してくれる。
 ――それどころか、他の女と一緒に寝てくれるかもしれない。根拠はないが、苺春はそう思った。
「そりゃもう、日々の目標があるってことは充実するってことだしね。だからお肌も“罅”無し、つやつやなのよ」
「いい加減その親父ギャグ、止めろよ。寒いぞ」
「そりゃぁ、裸ですしお寿司」
 付き合ってられない、とばかり苺春は肩を竦める。そして、椅子を引っ張ってきてそこに座る。
「そんなことより、腹減った。なんか作ってよ」
「おーけー。何かごよーぼーは?」
 そうだな。苺春は顎に手をやる。考える時のクセだ。
「どうせその格好なんだし、裸エプロンが良いな」
「好きモノだねぇぃ」
 紅子は心底楽しそうに笑った。