数式使いの解答~第二章 雪と槍兵~
三人が次に向かったのは、山の頂上だった。
なぜそこに向かったか、と問われれば、嫌な予感がしたから、としか答えられない。
だが、それでも彼らは頂上を目指した。
しばらく登っているうちに、その選択は正しかったことを教えられる。
ベアウルフと呼ばれる、雪山に生息する獣の中でも最強とされる猛獣が、なにかを守るように立ちふさがったのだ。
護衛。
そうとしか言いようがない姿だ。
ウォオオオォォオオオ!! 大気を震わし、雄叫びを上げる。
すると、どこからともなく雪中の猛獣が集まってきた。
「罠……か。どうやら人並みに賢い動物がいるようだな」
ローレンツの言葉に、
「数式まで扱うような天才が、か? 到底信じられねぇが、現状それ以外には考えられないか」
ヘルメスが同意を示す。
「とりあえず、この場をどうにかしなきゃね」
ミリアの言葉を契機に、獰猛な獣たちが襲い掛かってきた。
ベアウルフの強靭な爪が、ミリアに向かう。
だが、間に入ったローレンツがその爪を受けた。あまりの力にローレンツはふらつくが、ベアウルフのわき腹にヘルメスの蹴りが入り、難を逃れる。
「悪いな。助かった」
「そんなことを言っている暇は、ない!」
雪の中から突然飛び出したジャベリンペンギンを、短い槍で斬り払う。
後ろに隙ができた瞬間、ロンリーウルフの牙が迫る。
「しまっ……!」
「"ミリバル"!」
ミリアの一声で、ロンリーウルフは吹き飛んだ。
「大丈夫だった?」
思いがけないミリアの援護に驚きつつも、
「あ、ああ。すまないな」
と、感謝の言葉を返すヘルメス。
三人は、野生との戦いに身を投じていった。
息をつく。やっと、襲ってきた動物たちを倒したのだ。
すると、三人のもとに小さな狐が現れた。
尾が九つにわかれた、どこか神秘的な子狐だ。
子狐は三人の前で立ち止まると、
「この者どもを打ち払ったのは、貴様らかのう?」
……しゃべった。
「はい?」
「この者どもを倒したのは貴様らか? と訊いたのじゃ。もしや、私がしゃべっていることに驚いておるのか? まったく、これだからバカな猿は嫌いじゃ。自分の知らぬことは存在せぬと扱いおる」
「……ちょっと待て。その口ぶりからすると、こいつらに指示を出していたのは、お前か?」
「そうじゃが?」
「なら、山の主を殺したのも?」
「もちろん」
「ジャベリンペンギンに村を襲わせたのは?」
「私じゃが? 村については残念じゃったのう。あれだけの数で襲っておいて奪えぬとは。無能には程がないことを知ったわ」
ひょうひょうと言う狐。
するとヘルメスの脚がひらめき、子狐の体を襲う。
しかし、子狐はそれをひらりと避けた。
「小娘、なにをする?」
「今すぐ村まで来て頭を下げろ。素直にやれば今ので許してやる。拒否するのなら痛い目にあわせる」
ヘルメスの背中から、怒りのオーラが立ち昇る。
だが、
「私が人間に頭を下げるじゃと? 下等生物如きが、片腹痛いわ!」
狐の体が肥大する。
前脚が腕に、手に、爪に変わる。口は大きく裂け、牙が並んだ。全身の筋肉が盛り上がり、目が爛々と赤熱する。
そこにいたのは、全長4mを超える、化け物だった。
「我が誉れ高き名は、ハクメン! 貴様らに、安らかな死は生温い。せいぜい苦しめ」
言い、ハクメンは大きく口を開く。
全身を赤い燐光が包んだ。そして、
「―「ミリバル」―」
空気がはじけ、弾丸が飛んだ。
チュインッ! という金属による高い音が響いた。ローレンツが、剣で防御をしたのだ。
「数式を使えるだと?!」
「動物が数式を使ってはおかしいか? 薄学浅慮だな。下等な生物よ。私のように選ばれた者は、貴様らのように物を使う必要はない」
「―「ミリバル」―」
ミリアの右目が緋色に煌いた。
ハクメンのそれと同じ、異能の力。
「どう、高等生物さん。あなたと同じ力よ」
「なぜ、貴様が使える……!? まさか、私と同じ《漂流者》か?」
「《漂流者》? わたしはそんなのじゃないわ。どうしてあなたと同じ力を持っているのかはわからないけど、これだけは言えるわ」
「言ってみるがいい」
「わたしはあなたを倒す!」
一息。
「「―「ミリバル」―」」
対峙する双方の声が重なった。
空気と空気がぶつかり、周辺を吹き飛ばす。
「オレのことも忘れるな」
煙幕のように舞い上がった雪を貫き、光速の短槍がハクメンの左肩に風穴を開けた。
「俺は、物に頼らせてもらおう。"ジュール"!」
周りの雪を蒸気に変え、剣(つるぎ)は熱を発する。
「続けていくぞ――"マッハ"」
旋風のような神速の踏み込みで、斬りかかる。
しかし、ハクメンは無事な右手を使い、爪で剣を払う。
「小癪な真似を……!」
腕を振り回し、距離をとる。肩に刺さった槍を引き抜き、地面に突き立てた。
轟ッ! と空間を割らんばかりの声量で衝撃波を作り出す。
「うおっ!?」
あまりの強さに、三人は大勢を崩した。それは一瞬のこと。
だがその一瞬を、ハクメンは待っていた。
「―「ジュール」―」
九つの尾が赤くなり、それぞれの先に青白い光が灯った。
火だ。それも高熱の。
ハクメンは尾を振り、九からなる炎弾をミリアに向け撃ちだした。
「うっ!――"パスカル"!」
空気のハンマーで、ミリアは叩き落そうとするが、火は落ちない。
「ミリアッ!」
ローレンツはミリアを押しのけ、火炎の前に立つ。
「おおおおおおおぉおおお!!」
剣を振り、二発の灼炎を斬る。だが、残り七発は止まらない。
もう一振り。もう一振り。残りは一発。
(……無理か!?)
そのとき。
――黒閃一刀。
焔が、消えた。
「なん、だと……?!」
驚きの声を上げたのはハクメンだ。
ドス、と音を立てて、ローレンツが膝をついた。
「大丈夫!?」
ミリアが駆け寄る。
(……息が荒い。少し熱も……。ひどく体力を消耗してる……!)
彼女は、彼の頭を膝に乗せようとする。
だが、――ローレンツは立ち上がった。
「なにしてるの、ローレンツ?! 休まないと駄目よ!」
「ハァハァ――。大丈夫だ。このくらいなら問題ない」
剣を杖にし、体を支えてやっと立つ。しかし、その瞳は闘志にあふれ、憎悪が殺気となってハクメンを貫く。
「威勢だけはいいようだが、それで戦えるつもりか?」
「ああ。少なくともお前は倒せる」
ハクメンの眉がぴくっとあがった。試してやろう。そういい、ハクメンは意識を集中させる。
「―「ジュール」―」
先ほどと同じ、九つの魔炎だ。
それが、さらに速度をあげて襲いかかる。
だが、ローレンツは剣を振るまでもない。届く前にすべて叩き落されているのだ。
「―「ジュール!」―」
同じように届かない。
「―「ジュール、ジュール、ジュール!!」―」
すべて斬り払われる。
「な、……!」
今、ローレンツはハクメンの目の前に立っていた。
「なぜだぁああああああ!!!」
斬ッ! と、ローレンツの剣は、ハクメンの肩を斬りおとした。
思わず、ハクメンは膝をつく。
スッ、とハクメンの喉元に剣が突きつけられた。
作品名:数式使いの解答~第二章 雪と槍兵~ 作家名:空言縁