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友人、恋人、下僕、お好きにどうぞ。

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『お前が悪い』
 私が…悪いの?
 凜子の目頭が熱くなる。滅多なことでは泣かない凜子が涙を滲ませる。心が弱くなっている証拠だ。
 弱くなる原因は分かっている。
 シエルだ。
 小さくて純粋に慕ってくれているあの妖精と一緒にいるようになって、凜子の心は確実に癒されている。そして、それと同時に弱くもなっている。
 誰にも何も期待しないで二年ほど。ずっと気を張って毎日を過ごして来た。
 それがこのたった数週間で、生活は変わった。すぐそばにシエルがいることは、凜子が自分で思っていた以上に優しく染み込んでいたようだ。
「姫…?」
 シエルはそっと凜子に呼びかけた。顔は枕で見えないけれど、凜子の様子がおかしいことは分かる。
「シエル…」
「はい」
「私に、伽をしてくれる?」
「…………は?」
 シエルは耳を疑い固まった。
「はは、伽って普通は女の人が男の人にするものか」
 力なく凜子は笑って冗談だと言った。それから、沈黙が流れる。
 凜子は身動き一つせず寝ころんだままで、シエルも何もせずその枕元に座っている。
 いや、何もしてない訳ではない。凜子の肩が震えている。声も上げずに泣いている。小柄な凜子の体が一層小さく見えた。
 シエルはそんな主人の様子にたまりかねて声をかけた。
「姫…僕で良いなら、伽でも何でもしますよ」
 シエルの声に、凜子は顔を上げた。いつもほんわかと笑っているシエルの顔がとても真剣で、凜子は思わず見とれる。
「姫が何を悲しんでいるのかは分かりませんが、僕の役目は姫の願を叶えることです。だから、言ってください」
「私の願い?」
「はい、食べたいものでも、行きたい場所でも……この際伽を本当にご所望なら、僕します」
「なんでそんなに私のことを考えてくれるの?」
「僕は、姫に笑って欲しいんです。笑った姫はとても可愛くて素敵だからです」
 にっこりとほほ笑むシエルはいつもより少しだけ大人びて見えた。凜子は新しい涙がこみ上げてくるのをぐっと我慢して起き上がる。
「じゃあ、友達になって」
「はい?」
 またシエルは耳を疑い固まった。
「どういう、意味ですか?」
「私は友達を作ってないって、シエルが言ったんだよ。だから、シエルが私の友達になってよ」
 シエルをそっと手のひらに乗せて凜子は顔を覗き込んだ。
「は、はい。僕で良ければそのくらいはたやすいことですが…そもそも僕は姫の妖精です。それと友達と大差ないと思いますけど…」
「全然違うわよ!友達はまず敬語は使わないでしょ。それに姫なんて呼ばない。後、自分の思ったことは言う。何でも言うことを聞かない」
 凜子がまくしたてるように言うとシエルの顔がどんどんこわばっていく。
「あの、それって…僕に姫と呼ぶなと?」
「そう」
「敬語もやめろと…」
「当たり前」
「僕の思ったことを言えと…?」
「シエルお利口さんだねぇー」
 凜子はシエルの頭を撫でながらにんまり笑うと、シエルは困った顔の眉根をさらに寄せて泣きそうな顔になった。
「これは姫の願いなんですよね?」
「そう。私の願い。聞いてくれるよね?妖精さん」
「…………………努力します」
 シエルの小さな体ががっくりと虚脱した。


   5.友達と恋人?


「…凜子様」
 シエルは何とも言いにくそうに凜子を呼ぶ。
 凜子は聞こえないふりをしながらニヤニヤ笑っている。
「………り、りん…こ、さん」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
 沈黙が過ぎ、我慢ならなくなったシエルが懇願した。
「お願いです姫!!僕にはやっぱり無理なんです!!!」
 顔を真っ赤にして半泣きになっているシエルは両手を合わせて凜子に泣きつく。
 その様子に凜子は噴き出した。
「もぉ、それじゃダメだって言ってるじゃない」
 散々笑った後でもまだ、笑いを引きずりながら凜子はシエルを手のひらに乗せた。
「だって、ご主人様を呼び捨てになんてできません」
「ご主人様なんて思うからいけないのよ。私とシエルは友達でしょ?」
「う…………」
 先日、シエルは凜子の友達になると約束をした。
 呼び捨てにする、敬語は禁止、思ったことは言う、何でも言うことを聞かない。
 普通ならたやすいことでも、人に仕えて来たことが全てだったシエルには初めてのことで、とてもじゃないけどできそうにないことだった。ここ数日は、名前を呼ぶように凜子に言われて、努力はしているが、どうしても呼び捨てなんて高度な技はできない。そしていつも凜子に泣きついて許してもらっている。
「もう、こんなんじゃ友達になんてなれないよ。でも、困ってるシエルは可愛いから良いか」
「可愛いなんて…」
 シエルはぐったりした様子で呟いた。
「ははは。ご飯にしよう。今日は天気がいいから、食べたら散歩に行こうか」
 凛子はキッチンに向かう。
 シエルとの生活もすっかり慣れた。人間と妖精はなかなかうまくやっていけるものだと自分で感心してしまう。
 相変わらずシエルはハウスキーパー状態だが、最近はなにも言わず家事を手伝ってくれる。
 そして凛子は会社で変わらないいじめを受けているが、それに関して二人は何も話さない。
 家で会社の話をしたくない凛子と、凛子が話をしてくれるまでは聞かないと決めているシエルとの暗黙のルールみたいになっているからだ。
 休日の日も、凛子は誰かに会ったりしない。携帯も持ってはいるが、メールや着信があったのをシエルは知らない。本当に誰とも付き合いがない。
 この間、泣いていた凛子は何か苛まれているようにシエルには見えた。
 それは会社のことではなくて、他の、もっと辛いことがあったんだとシエルは感じている。しかし無理に聞くのは出来ない。したくない。
 だからシエルは気になりながらも踏み込めないでいた。
「シエル?」
 フライパン片手に凛子が呼ぶ。シエルは我に帰りニコッと笑った。
「何ですか?あ、お手伝いですね」
 青磁色の瞳が細められ愛くるしい。凛子はすっかりシエルの笑顔が大好きになってしまっていた。
 凜子は家でなら、よく笑うようになった。シエルの存在が凜子の笑顔を引き出している。
 それに関して、シエル自身は自覚がない。だた自分の大好きなご主人様が笑っていることが嬉しかった。
「さぁ、食べよう。いただきます」
「いただきます」
 二人仲良く手を合わせて挨拶をする。
 外は今日もよく晴れた良い天気だ。




「姫、ここからの眺めはとても綺麗ですね」
 シエルは太陽に羽を煌めかせてにこにこと笑う。二人は自宅から電車で二駅ほどの高台にある公園に来ている。
 シエルのプラチナブロンドの髪も羽に負けないほどキラキラと日差しを反射させて、ふんわりと風になびく。凜子は景色よりもそちらに目が奪われてしまっていた。
「シエルの髪の毛は本当に綺麗だね」
「…そうですか?姫が気に入ってくれているのなら嬉しいです」
 照れくさそうに、白い頬を染めてシエルは笑った。
「でも、姫も綺麗ですよ」
「え?」
 凜子の肩にふわりと止まって、シエルは小さな手でそっと頬に触れた。
 間近に見えるシエルはドキッとするほど大人びた顔をしていた。凜子は妙に恥ずかしくなって視線を泳がせる。