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友人、恋人、下僕、お好きにどうぞ。

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 シエルの体がピンク色に輝く。どうやら嬉しかったりするとシエルはピンク色に光るらしい。本人には自覚がないようだけど。
「さ、スーパー行って帰ろう。もうお腹が限界」
 凜子は明るい声で言うと足早に路地を歩きだした。
 買い物を済ませ、アパートに帰ると、ポストに封書が入っていた。
「姫、お手紙です」
 シエルがそれを持って飛んでくる。凜子はそれを受け取り封書を開け目を通した。
 しかし、それを見た凜子の表情が曇った。そのままバッグの中に封書をしまって鍵を開けて家に入る。
「誰からのお手紙だったんですか?」
「ん…高校の同窓会の案内」
「どうそうかい?」
「昔の友達に会う集まりのことだよ」
「へぇ、良いですねぇ。僕達にはそんな集まりはないから羨ましいです」
 無邪気なシエルの言葉に、凜子はあいまいに笑ってそれ以上の会話を避けた。
「今日は野菜炒めだよね?シエル手伝ってね」
 無理に笑って凜子は材料を袋から出す、シエルも張り切って手伝いますと笑った。




「あんたのせいよ」
「お前が悪い」
 凜子は責められる。友人に、親に、先輩に、後輩に。
 冷たい目が凜子を睨み、突き刺さる言葉がいくつも傷をつけていく。
 凜子はただ黙ってそれらを受け入れた。もう何も言いたくない。
 言っても誰も信じてくれない。それなら無駄な体力を失うだけだ。黙ってやり過ごして、この人たちの前から自分が消えればいい。
 凜子は高校の卒業式を待たずに一人故郷を離れた。
 煙突から上る煙だけが、凜子が見た故郷の最後の景色だった。
 それから、一度も帰っていない。親は今も同じ家に住んでいる。でも連絡すらしない。
 迷惑をかけた。でも、本当は凜子は悪くない。親なら我が子の言うことを信じてほしかった。そんな淡い期待すら裏切られ、凜子は親に対して何も求めていない。
 それどころか、人に対して、何も求めていない。
 二度ほど、引っ越しをして今のこの部屋にいる。二十歳を過ぎて年齢的にはもう一人でも十分生きていける。しかし音信不通になってしまうのは世間体が悪いと言った親に住所だけ教えてある。
 それで封書が届いたのだろう。
 きっと、同級生たちも凜子が来ないことは分かっているけれど、出さない訳にもいかなくてわざわざハガキ代を捨てたように思ったはずだ。
 凜子はバスタブの中で大きくため息をついて、お湯に潜り込んだ。
 忘れていたわけではない。でも、この数日楽しかった。
 それが、いけなかった。
 自分以外の誰も、何も、信じてはいけない。そう思って目立たないように生きてきた。
 髪も染めず、お化粧もせず、服もありきたりのものを着て、流行りは追わず。
 目が悪いわけではないのに、眼鏡もかけている。
 凜子はただ生きているだけの人生を選んだのだから。
 耳に残る、自分を罵る声はいつまでも凜子を苦しめている。 


   4.友達


「凜子ちゃん」
 会社での昼休み、凜子は呼び止められ振り返る。
 笑顔で近づいてくるのは4年ほど先輩の片桐という男だった。凜子が途中入社で入った時に指導役として担当され、面倒見がよく明るい人物だ。
 物腰柔らかく、仕事は的確で早い。誰にでも分け隔てない様子が周りから好評で男女問わず慕われている。
「あ、どうも」
 凜子はにこやかな片桐に対してそっけないこと極まりない言葉を返す。
「ん?機嫌悪い?」
「いいえ、別に」
 片桐が凜子に並んで歩く。しかし凜子はそれをさりげなく阻止しようと少し歩調を速めた。
「今晩みんなでご飯食べようかって話が出てるんだけど、凜子ちゃんもどうかな?」
 片桐は部署の食事会の時は必ず凜子に声をかける。最初は他の社員も凜子を誘っていたのだが、凜子が一度もその誘いを受けない。それに伴って誰も誘わなくなったのだが、片桐だけは違った。
 入社した時と同じように凜子を気遣い声をかけてくる。
 それが鬱陶しいわけではない。でも、凜子は片桐と関わり合いたくなかった。
 一つ年上の、女性の先輩社員が凜子を良く思ってないからだ。
 どうも片桐が好きなその先輩は、凜子に対して妙なライバル意識を持っている。もうどんなトラブルにも巻き込まれたくない凜子は他の社員とも交流は最低限にしている。まして色恋沙汰のトラブルなど御免こうむりたい。
「私は結構です。お気遣いありがとうございます」
 そう言うと、凜子は半ば走り出して片桐を振り切った。
 社屋を抜け出し、近所の公園でお弁当を広げる。熱いほどの太陽が照りつけるが、他に人がいないこの場所は凜子のお気に入りだった。
「姫、日焼けしますよ」
 ピョコンとシエルが姿を見せる。
「いいよ、別に。気にしない」
 クスッと笑って凜子はシエルに卵焼きを差し出した。それを両手で受け取ったシエルはおいしそうに頬張った。
「そんなことを言ってはいけません。せっかくの可愛い顔が台無しになってしまいます」
「可愛いって…シエルの方がよっぽど可愛いのに」
「ぼ、僕はこれでも男ですから、可愛いなんて言われても嬉しくありませんよ!」
 真っ赤になって怒るシエルに凜子は噴き出した。その様子を見たシエルはふと眉を寄せる。
「…シエル?」
「姫は、わざと笑わないのですか?」
「え?」
「家では笑ってくれることもありますけど、会社や外では笑わないですよね。それに、誰とも仲良くならないって言うか…お友達を作ってないって言うか…」
 凜子は小さくため息をついて箸を置いた。
「シエルはよく見てるね」
「当然です。僕は姫の妖精ですから」
「そっか…。ありがと。そうね、私は人付き合いが苦手なの」
 それだけ言うと凜子は明るく笑って話題を変えた。シエルは凜子の苦しそうな顔が気になったけど、それ以上は何も聞けなかった。




 凜子は大きくため息をついてベッドに倒れ込んだ。
 お昼休みに片桐に話しかけられた所を、先輩に見られていたらしく、午後から小さな嫌がらせをいくつも受けた。
 片桐に色目を使っていると思われているようで、、またそんな噂も流されたものだから、他の女子社員からの風当たりも強い。男性社員はそれを遠巻きから眺めているだけで、凜子には味方がいなかった。
 それに、凜子は仕事が早い。頭の回転が速いため、どんどん仕事を覚えてこなしていく。そのことも原因なのだが、そんなことでいじめを受けるなんて理不尽すぎるし納得がいかない。
 でも、そのことを鼻で笑ってスルーしてしまうほど凜子は強くもなかった。
 誰も信じてはいけない、そう思うのも自分のことを守る最大の虚勢。殻に閉じこもる行為で自分を守ることしかできない弱い人間だった。
 それと凜子は、自分では気づいていないが、美人だ。異性から見ればパッと目を引くタイプではないけれど、なぜか気になってしまう不思議な雰囲気のある存在だった。
 だから、同性からしてみれば敵対視してしまうのかもしれない。
 ここしばらくは誰にも何もされず過ごしていたので、正直今日のことは堪えた。
 嫌味を言われ、間違ったことを伝えられ、資料を紛失され、挙句「男好き」と言われた。
「私のどこが男好きって言うのよ」
 小さく呟きながら凜子は枕に顔を埋めた。
 そして、またあの声が鼓膜に反響する。