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友人、恋人、下僕、お好きにどうぞ。

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「はい。この子は本当に長い間売れずに私のもとにいました。今ではこの店一番の古株です。だから正直もう焼いて浄めようかと思ってたところなんです」 
 男の「焼いて」という言葉に。指輪石たちが一斉に強い光を放ち、凜子は眩しさに一瞬目を瞑った。
「そんなひどいです!」
 突然、二人しかいない空間に、とてもかわいらしい声が響いた。男の子とも女の子とも聞こえるその声に、凜子は再び目を開ける。
「な、んですか…それ」
 目に飛び込んできたのは、小さな羽の生えた生き物?だった。
 プラチナブロンドの髪の毛を頭のてっぺんで結い、青磁色の瞳は大きくかわいらしい。白い柔らかそうな服を着て、背中にはピョコンと小さな羽が生えている。
 子供のころ、女の子ならだれでも遊んだであろう人形を一回り小さくしたくらいの大きさのそれが、泣きそうな顔で男の手のひらの上に立っていた。
「シエル、久しぶりですね。600年ぶりくらいでしょうか?相変わらずお前の髪の毛は見事な色ですね」
「そんなふうに褒めてもらっても、聞かなかったことにはしませんよ!僕のことを焼こうってどういうことなんですか!」
「そんなこと言いましたか?シエルの聴き間違いではないですか?」
「いーえ!確かに聞きました。確かに、僕はずっとここにいましたが、だからと言って焼いてしまうなんてあんまりですっ!」
「でも、使い道がないものを置いておくほどこの店は広くないんですよ?場所代ももらっていませんし、私が店の中をどうしようと私の自由でしょう?」
 男が優しい笑顔を浮かべながら結構ひどいことを言っている。いや、他にも突っ込み所満載なのだが、あまりにも突然ありえないことが目の前で繰り広げられたものだから、凜子はその様子をただ見ているだけで精一杯だった。
「そんなことより、お前の新しい主人が決まったんですよ。きちんとご挨拶なさい」
 男に言われたそれは、姿勢正しく凜子に向き直る。
「は、初めまして。僕はシエルと申します。これからどうぞよろしくお願いいたします」
 愛らしい笑顔とともにぺこっと頭を下げられ、凜子はぽかんと口が開いてしまう。
 よろしく?何を?
「この子はシエル。指輪の中に住む妖精です。特技は、ご主人様に従順なこと。玩具にしてもいいですし、メイドにしてもいいですし、恋人、友人、下僕…なんでも思いつくままにどうぞ。あぁ、勿論お代は必要ありません」
 男のにっこり笑う笑顔と、小さな者の笑顔がとても印象的だった。


 そこから先は、凜子に記憶はない。
 自分の容量以上の事が起きてしまうと、人間の脳は都合のいいように処理をしてしまうのか?
 ただちゃんと自分の足で家に帰り、風呂に入り寝ていたようだ。
 そして朝、冒頭の展開である。



   2.よろしく


「姫」
 シエルは満面の笑みで凜子の周りをくるくると回る。羽音は涼やかな音を出し、きらめく羽は単純に綺麗だった。でもこれを現実と受け入れるにはあまりにも非現実的だ。
「姫?具合でも悪いのですか」
 あなたのせいだよ。
 思わず口から本音が出そうになって、凜子は慌てて口をつぐむ。それから盛大にため息をついてシエルに向き直った。
「あのさ…。あなたはどうしてここにいるの?」
「どうして?僕は姫の妖精になったんです」
「私の?いつ?」
「昨日です」
「なんで?」
「姫が指輪をつけてくれたからですよ」
 指輪は右手の薬指にある。凜子はそれを外そうとしたが、どうにもこうにも外れない。
 まるで自分の体の一部にでもなったかのようだ。
「なんで外れないの!?」
 布団の上でもがきながら指輪と格闘する。でも1ミリも動いてくれない。それどころか指輪周辺の皮膚が赤くなって痛みすら伴う。
「はぁぁぁぁぁ…」
 いい加減バカらしくなって凜子は諦めた。
「で、私はあなたをどうしたらいいの?」
 恨めしそうな視線でシエルを見る。
「どうしたら?なんでも言いつけてください。僕はあなたの言うことならなんでもします」
「じゃあ、私からこの指輪を取って」
 凜子の言葉にシエルは驚愕し、その愛らしい瞳に涙をためた。
 涙は瞬く間に溢れ出し、ポロポロとシエルの頬を伝って落ちていく。
 精巧な人形のようなシエルの顔が涙を流す様子は、庇護欲を煽られた。凜子はとんでもない大罪を犯してしまったような気にさえさせられる。
「僕のことが、お嫌いですか?」
「え?」
「僕が嫌いだから、姫はそんなことを仰るんですね」
「え、いや…そういう問題じゃなくて」
「僕は姫に会えてうれしかったけど、姫はそうじゃなかったんですね…」
 なんか、私がすごく悪いことをしてる?なんなの、この展開…。
 目の前では得体のしれない不思議な生き物が泣いている。しかもその姿はとてつもなく綺麗だ。
「あの…シエル?」
「僕…聖堂(ひじりどう)に帰ります」
「帰る?」
 昨日の店のことを言っているの?あの変な…いや、不思議な店のことを思い出してみる。
 長い髪の毛が綺麗な和服の男。笑顔で結構ひどいことを言っていた気がする…。
 焼いてしまうとかなんとか。
「帰ったら、どうなるの?」
 凜子の言葉に、シエルの目から大粒の涙が一気に溢れた。
「たぶん…僕は焼かれてしまいます」
「それはだめでしょ!」
「でも、僕は役に立たない妖精なんです。だから600年も誰にも買われずにいました。ほかの妖精たちはどんどんご主人様が決まって行くのに。僕はそれを見送るばかりで…」
 そこで言葉を切り、シエルは凜子を見た。
「だから、姫に会えて嬉しかったんです」
 だめだ、やられた…。
 こんなに可愛い顔をしてそんなことを言われたら、店に帰れと言えるものか。
 凜子はぐったりして項垂れた。
「もういいよ、シエル。あなたを帰したら私すごく嫌な人になるじゃん」
「え?」
「…だから、ここにいてもいいよ。指輪を外せなんて言わないから」
 凜子の言葉を聞いて、シエルはぽかんとした。少しして脳に意味が伝わったのか、シエルの体がピンク色に輝いた。
「やったぁー!」
 先ほどよりも一層凜子の周りをくるくる回って喜んでいるシエルを見ていると、たった一言をこんなに喜んでくれていることが凜子も嬉しくなった。
「それにしても、あなたをどう扱って良いか分からないなぁ…」
「なんでもしますよ。ご飯も作れますし、お洗濯、お掃除」
「いやいや、それじゃただのハウスキーパーじゃない」
 凜子の言葉にシエルはうーんと考え込んだ。
「じゃあ、夜伽を…」
「バカ!」
 何てこと言うの!?
 凛子は真っ赤になり言葉をなくした。一方シエルはキョトンとしてなぜ怒られたかも分からない。
「そんな可愛い顔して似合わない言葉を言わないで。だいたいそのサイズで何ができるの?」
 凛子の言葉に、シエルはパッと笑顔になった。
「僕、大きくなれます!!」
 言うが早いかシエルは体を輝かせて見えなくなった。
 本日二回目の驚きと共に凛子の目の前に形が出来上がっていく。
 プラチナブロンドのサラサラとした髪の毛と青磁色の瞳は変わらないが、顔立ちは大人っぽくなって、何よりもサイズが激変した。
 すらりとバランスの良い体は凛子よりもずっと高い。