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風そよ吹く心に

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帰り道、カナエの行きたがっていた店に寄り、パフェを食べた。お義母さんへのお礼がしたいとトキコが言うと、カナエは、お義母さんの好物の大福が売っている和菓子屋をまわった。お礼としての土産にお義母さんは、とても嬉しそうに唇に粉をつけて食べていた。
そんな様子に トキコの気持ちは、ほぐれかけてた。
「少しあちら片付けてきます」
「夕飯どきには、手伝いに来てね。はいこれ、あちらの鍵」
お義母さんが玄関まで出て見送った。その見つめる眼差しの中にトキコは覚悟を決めた。

玄関を入る前、建物を眺めた。
(家賃も決めなくっちゃ)するべきことが、押し寄せてくるようだった。
玄関口に放り込んだ荷物を持って、部屋に上がると窓を開けた。葉が一枚舞い込んできた。その橙色の葉を拾い上げ、お義母さんが置いてくれたのだろう折りたたみ式のテーブルの上に置いた。ショルダーバッグから紙包みを出し、その中の長細い箱に書かれた使用方法をよく読んだ。
「よし」
立ち上がり、手洗い所で手順通りに妊娠検査薬に尿をかけ、そっとキャップを閉め、便器の蓋の上に置いた。携帯電話で時間を計る。結果を待つ一分間、不思議とトキコの気持ちは落ち着いていった。小窓に記された赤紫のライン…… 陽性。
トキコは、嬉しかった。不安よりも幾倍も嬉しかった。
それを片付け、テーブルの前に座り込んだ。まだ、何もかわらない腹に手を当て目を閉じた。深く呼吸をする。新しい命と共有しても まだ余るほど深くゆっくりと息をした。

トキコは、携帯電話で実家に電話をかけた。
「もしもし、お母さん。心配かけてごめんなさい」
「今、何処なの? お父さんも心配してるのよ」
「うん。何も決めずに家を出てきちゃったけど、暫くこの町で過ごそうと思うの。とても親切な方と会えたの。住むところは、とりあえずあるから。うん、ご迷惑にならないように頑張るから。また報告するね。あ、お母さん、わたしね……ううん、また連絡する。お父さんにごめんなさいって伝えて。じゃあ」
母親の声に、何度も言葉が詰まった。寂しさが、喉から出そうだった。
通話を切った携帯電話を握りしめて、そんな弱気になる気持ちを押さえ込んだ。

買ったものを、部屋に置きながら ふと壁と戸の間から覗く紙片を見つけた。
爪先で引っ掻くように引き出すと、一枚の写真だった。
「きっと、此処の馬鹿息子さんね。……えっ……」
写真の端に小さくカナエの姿があったが、その写真の中心に写っている男性は、何処か元夫に似ていた。しっかり見たわけではなかったが、カナエの夫に何処かしら見覚えある感覚をトキコ抱いていた。それよりも この写真の男性は似ていた。別人なのは、見ればわかる。でも似ているところを探せば、どこそこに見つけられた。
「はぁっ。もう別人よ。嫌だなぁ。もう…… もう!こんなときに。はぁ 哀しくなってきちゃうじゃない。馬鹿。トキコも バカ! しっかりしなくっちゃ!」
トキコは、備え付けの戸棚の引き出しに裏向きに仕舞いこむと、大きな音が立つほど勢いよく閉めた。
作品名:風そよ吹く心に 作家名:甜茶