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風そよ吹く心に

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開け放たれた玄関から、風が通り抜けた。
「じゃあ、先に家に帰ってるから、落ち着いたら戻ってらっしゃい」
お義母さんは、トキコを残し、出て行った。
トキコは、ふた間ある奥の部屋に入っていくと ふすまの脇にトキコの荷物が置かれてあるのを見つけ、改めて頭を下げた。ふすまを開けると、昨夜も借りた客用の布団が一式揃っていた。トキコは、トランクを開け、出かけられるように着替えると、ショルダーバッグを持ち お義母さんのいる家へと向かった。後ろからクラクションを鳴らされ、道路脇へ寄ると、仕事から戻ったトラックが抜かしていった。
「おかえりなさい。お疲れさまです」
「ふぅ、ただいま。あらトキコさん、お出かけ?」
「ええ、ちょっと」
ふうーんとカナエは、トキコを見ると、家の中へと入っていった。
「お義母さん、帰りました。はい、頼まれたもの」
カナエは、紙袋にはいったものを渡し、部屋の奥へと入っていった。お義母さんは、受け取った紙袋をトキコの前に差し出し、頷いた。トキコは、その包みの手触りで中のものが容易に判断がついた。トキコも無言で頷いた。
「何処行くの?」
「住むところ探さないと、役所への手続きもできませんから」
「そうねぇ……」
お義母さんは、電話台のメモ紙を取ると鉛筆でなにやら書いてトキコに渡した。
女性らしい達筆の文字は、美しく分かり易く、おそらくあの家の住所だろう。『○○ ○○方』と記されていた。
「親御さんに勝手して悪いけど、嫌でなければ届けてらっしゃい。まずはそれから、ね。カナエちゃん、カナエちゃーん」
トキコは、受け取った紙袋を、ショルダーバッグにしまった。
呼ばれて戻って来たカナエに、お義母さんはトキコを役場へと案内するよう頼んだ。
「行こ。近くに美味しいパフェの店ができたんだって。ついでに食べてこようよ」
トキコは、カナエの運転する軽トラックに乗って役場へと行くことになった。

車の中で、カナエはトキコにいろいろと尋ねてきた。
昨日知り合ったばかりというのに、その少し年下のカナエが、旧知の友人のように素直に話せた。それどころか、そんな話ができる友人が居ただろうかとさえ思った。
「びっくりするでしょ? お義母さん。全部お膳立てされちゃったみたいね。でも悪い人じゃないよ。だから、わたしも一緒に居られるって感じかな」
「そうね。驚くくらい感謝してる。本当の母よりも頼もしい感じよ」
「トキコさん、別れちゃったの?」
「うん。とっても優しい人だったよ。今でも……」
「好きなんだ。なのに別れちゃうなんて 夫婦って可笑しな関係だね」
「カナエさんは、旦那さんとどうやって知り合ったの?」
「ナンパ」
「え? ナンパ?」
「そう、しかも旦那の兄貴にね。トキコさんが住むあの家にいた馬鹿息子ってヤツに可愛いカナエチャンはナンパされたの。まったく!だから帰って来れないんだろうけどね」
「でも、旦那さんは?」
「そのときね、お義母さんが馬鹿息子叱りつけて、わたしに食事作ってくれて、なんとお風呂まで入らせてもらって、脱衣所に居たときよ・・・」
カナエは、ハンドルを握りながら クスクスと笑い始め、おしゃべりが弾んだ。
「馬鹿息子の弟、今の旦那ね。知らずに入ってきて 素っ裸のわたしに見惚れちゃったらしくて突っ立っちゃったわけ。本人も息子も……」
「うん、カナエさんならわかるわ」
「そしたらね」カナエは、やや声を落として話を続けた。
「お義母さんは、息子達のことわたしに謝ったの……大事な娘さんにって。わたしなんてナンパされて、お持ち帰りされるようなことしてたのよ。なのに女の子のことを大事にできない息子でって……。わたしも反省しちゃって家に帰ったけど、旦那がね、『忘れらない。付き合ってくれ』って。お義母さんも了解してるからって。で結婚したの」
「すごいね、お義母さん」
「息子より 大事にしてもらってるかもしれないな。あぁ、わたしのほうがしゃべらされちゃった感じー」
その間に着いた役場で トキコは移住の手続きをした。
その後、日常の小物の買い物をした。何もかも ひとつ…… ひとつ買うたびに これからの不安もひとつ生まれたり、消えたりした。
作品名:風そよ吹く心に 作家名:甜茶