風そよ吹く心に
やがて年の瀬を迎えた町は慌ただしくなってきたが、トキコも馴染みが増え、身体を気遣ってくれる店の店主もいた。
「トキちゃん、もうすっかり此処の住人だね。おまけまでして貰ったでしょ」
「年末で売り残したくないだけよ」
「ねえ、実家帰るの?」
「どうしようかなぁ。行くなら年明けかな。カナちゃん一緒に行く?」
「え、行っていいのぉー。お義母さんに聞いてみよっと」
仲の良い姉妹のようなふたりは、年明けカナエの夫が運転する車でトキコの実家へとやってきた。車中でカナエは、助手席の男を突きながら言った。
「どうして、キミまで着いてきたの?」
カナエの夫の兄、馬鹿息子が同行していた。トキコは、ずっとあることが聞きたかった。
「ねえ、何て名前なの?」
車中は、爆笑となった。うるせえぇーとはにかむ馬鹿息子に代わってカナエの夫が答えた。
「はやと。立つ風に人で 颯人。びっくり知らなかったなんて」
トキコは、はしゃぐカナエ夫婦と静かな颯人の様子を何となく見ながら微笑んだ。
「じゃあ、また連絡するから宜しくね」
カナエは、夫と颯人の乗る車を見送った。
二泊の予定でトキコは里帰りをした。トキコの帰りを待っていた両親もカナエを気に入り、賑やかな年始をとても喜んだ。予定を終え、迎えに来た車を見えなくなるまで見送るほど帰りは、物悲しくもなった。
それから暫くして、トキコの記した住所と場所を頼りに トキコの両親は町を訪れた。
トキコの母親は、お義母さんに深く感謝して礼を何度も言った。そのうち意気投合したふたりは、まだ生まれてもない孫自慢に話は尽きなかった。
季節は早いもので、少し前に年が明けたと思っていたにもかかわらず もう町も生活も日常が戻っていた。変わりつつあるのは、トキコとカナエの腹の大きさくらいだ。
梅がちらほらと咲き始め、春を楽しみに感じるようになった頃から、体調の為に散歩を始めた。歩くたび腹を蹴るような胎動は、トキコをひとりじゃないと勇気づけた。
元夫の出てくる夢に 涙が出ることも少なくなった。