小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

冬、雪の街

INDEX|2ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 

 症状が相当進行しているらしく希は電車で二時間の大きな病院へと移っていた。そんな遠くだから俺はお見舞いに行こうにも行く気になれなかった。けど、その分、希を失望させていたのだと今では思う。
 受付で見舞いと書かれたバッジを受け取った俺はそれを胸に付け、希の病室へと向かった。個室だった。個室は必要最低限のものしかなくて、ただ寝るだけの部屋。そういう感じを思い起こさせた。希はちょうど検査中で、病室にはいなかった。代わりに希の母親がいた。
「こんにちは」
 俺は俯いていた希の母親に挨拶をした。
「あら、彰彦くん。来てくれたのね」
 その顔には疲労の色が見えていた。目の下には隈ができ、頬もげっそりとしていた。
「すみません、お見舞い遅れて」
「いいのよ。彰彦くんには彰彦くんの事情があるんだから」
 暫くの間、俺と希の母親は談笑をした。中学時代にちょくちょく希の家に行っていたので、希の母親とは面識が深かった。
 そして、運命の時はやってきた。
 ベッドに乗せられ希はやってきた。腕には点滴をして、顔はげっそりとしていて、最後に会った時とは別人のように感じられた。
 俺は肝心な時だというのに相変わらず言葉が出ず、希は点滴をしていない方の腕で顔を隠した。それから、俺は極力寝るようになった。
 大好きだった人の変化に心が保たなかったのだ。
 大学には行かなかった。俺はフリーターになった。地元にいると嫌でも希との思い出が俺を襲うので故郷を出た。代わりに希の病院に近いところへ引っ越した。矛盾する気持ちを抱えながらも俺は希と向き合いたかった。
 二十二歳になった俺は病院の近くの飲食店でバイトをしていた。高校を出て、今まで貯めた貯金を切り崩し、親の反対を押し切り、俺は借りたアパートの一室で過ごしていた。幸い、今日はシフトは入っていない。俺は週六の夜勤なので、完全に夜型人間になっていた。この寒さがなければ正午過ぎまで眠っていたであろう。
 俺は枕元の煙草を取ると、テーブルの上に置いといたジッポを取った。口に煙草を咥えると先端に火を点けた。すぐさま煙が腔内を満たし、俺はそれを肺に入れる。十八歳のころから煙草を始めていた。おそらく、酒も同じ時期だ。
 少し、俺の境遇について話をしよう。俺は親の反対を押し切り大学に行かずフリーターとなり、生活している。しかし、当時十八歳だった俺には保証人が必要だった。その保証人になってくれたのが、俺の母方の祖父だった。俺は祖父とはあまり親しくはなかった。だけど、大学を受験しないと決めた日、最も俺の意見を支えてくれたのはこの祖父だった。
 大学を受験しなかったことについても語ろう。人間が怖くなったのだ。たった一ヶ月会わなかっただけで希は別人と見間違える程にやつれてしまった。大切な人が、傷つき、朽ちていくその様を俺は受け止められる程強くなかった。帰宅部でただでさえ交友の少ない俺は更に友達を減らしていった。だから、大学に行ってもきっと人間関係で俺は中退するのだろうと思った。クラス、サークル、ゼミ。少し調べただけでも人間関係は偏在していた。だからこそ、臆病な俺は進学をしなかった。自分に自信を持てなかったのも理由の一つだ。
 煙草をもう一度深く吸うと、俺はベッドから立ち上がり冷蔵庫に向かった。冷蔵庫の中から五百ミリリットルのビールを取り出した。酒と煙草、薦めてくれたのはこれまた母方の祖父だ。
 あれは親と喧嘩し、祖父の家に行った時のことだ。
「嫌なことから逃げる方法を大人は知ってんだ」
 そう言うと、祖父は俺にマルボロを渡した。
「でも、俺未成年だし……」
「自分の道を決めた奴に年齢なんて関係ねえ」
 そして、祖父はポケットから傷まみれのジッポを俺に渡した。
「ほれ、一本吸ってみろ」
「……うん」
 堅い箱から煙草を取り出し、咥えた。刑事ドラマで見たものを思い出しながら手で風を避け、先端に火を点ける。
「ほれ、火は吸い込むと簡単に点くぞ」
「あ、うん」
 祖父の言う通り、息を吸い込むと火が先端に吸い付き、煙草から煙が出た。俺はそれを吸ってあまりの強さに思わず咳き込んだ。
「ゲホッ! ゲホッ!」
「はっはっはっは。最初はそんなもんだ。……彰彦。俺はお前のことを孫達の中で一番気に入らなかったんだ」
「へ?」
「だけどな、お前のその『弱点』と思っている他人への想いは『仁』と言える『長所』なんだ。俺は学歴なんてクソ食らえと思っている。勉強が第一で一人が好きならずっと引きこもっていりゃいい。だがよ、結局は人は一人じゃ生きられねえ。仕事するにだって、他人がいなきゃ何もできやしないんだよ。人間はな。だからな、お前のその希って子への思いやりは俺の大好きな仁なんだよ」
「じいさん……」
 俺は言葉を失った。祖父は寡黙な人間で、戦後の時代に土木建築会社を一人で立ち上げ経営した。詳しくは知らないが、地方では有名な会社で稼ぎも相当なものであった。俺は祖父からそんなことを語られるとは微塵も予想できなかった。
「ほれ、ビールも飲め。今のお前の気持ちを正直に話してくれ」
「あ、ああ」
 祖父の家の庭で俺と祖父は酒を飲みながら煙草を吸った。そうしながら、俺は情けないぐらいに自分の気持ちを語った。自分がどれだけ希が好きなのか。自分がどれだけ今の自分に嫌気が差しているのか。ありのままに、酒の勢いを借りて語った。
 全てを聞いた祖父は言った。
「お前の親には俺が説得する。駄目でも俺がなんとかしてやる。だから、今お前はやりたいことをやれ。人間、苦しい時にやりたいことってのは自然とやるべきことなんだ」
 これは俺の人生の座右の銘だ、と祖父は付け加えた。
 そして、俺は泣きながら意外な協力者に感謝した。
 こうして、酒と煙草を覚えた俺は単身で希の病院の近くに引っ越した。また、アパートと病院の間にある飲食店でバイトをしフリーターとなった。
 気がつけば十時になっていた。俺は布団にくるまり、酒を飲みながら煙草を吸うことしかしていなかった。
 俺は歯を磨き、外見を整えると希のいる病院へと向かった。身体にはすっかり煙草の臭いが染み付いてしまっているので、香水で誤魔化している。が、しかし、希にはバレているだろう。
「こんにちは、三〇三号室の柊希さんのお見舞いに来ました」
 俺はすっかり顔なじみになった看護士さんに告げる。
「あら、今日は早いわね。いつもは一時ぐらいに来るのに」
「寒さで目が冴えちゃって」
「まあ、いいわ。はい、いつも通りこの紙に名前等を書いてね」
「はい」
 俺は渡された紙の記入欄を埋めると看護士さんに渡した。
「はい、バッジ」
 そして、代わりに渡されるのがお見舞いバッジだ。お見舞いの人か患者なのかを見分けるために渡されるものだ。
 俺はそれを胸に付けると三〇三号室へと向かった。
 ドアをノックする。
「はい」
 希の声が返ってきた。
「俺だ。彰彦だ。入るぞ」
「あ、うん」
 俺はドアを開けた。希の顔色は普段から悪いが今日はまだ良いほうだった。
「ちょっと調子良さそうじゃん」
 ベッドの近くの椅子を引っ張りだし、座りながら言う。
「うん。今日は朝ごはんちゃんと食べれたよ」
「へえ。胃摘出したんじゃなかったっけ?」
作品名:冬、雪の街 作家名:よっち