どうってことないさ・・ (3)
「わたし、お兄さんと話しがしたくて・・、それで・・わたしの方からチャイリンに頼んだの・・。でも・・」
それは、俺の望むところじゃなかったのだろうと・・
(望むとか望まないとかいうのじゃなくて、あんた達がこの家に泊まるって発想が無かっただけだ・・)
「わたしね・・」 と
話し始めるエミー。
その話は、
この国に住み始めて以来、
何度となく聞かされたものと同様に、
まったく腹立たしく、
そして、
哀しいものだった・・
家族の為に、ジャパ行きと陰で蔑まれながら、
日本の見知らぬ街で働いた。
接客の為の日本語の勉強。
毎週変わるショーのダンスの練習。
そして、
夜は、そんなにして疲れた顔を見せず、
あくまで明るいフィリピーナを演じる・・
数か月の契約を終えて、
国に帰れば、もう既に次に行く街が決まっている。
苦しい事ばかりじゃないけれど、
「もう、嫌だ!」 と
叫びたい気が90%・・でも、
親や兄弟たちの顔を見ると、我儘は言えない。
確かに、そこそこ上手くやっているフィリピーナも大勢居るけれど、
彼女にそんな事は出来なかった。
そして、
何でもない客の一言・・
疲れた身に心地良く響いた。
「そろそろ辞めろよ、タレント・・」
真面目な顔して、
そんな事を言う男にふと縋る気になって、
チーターがお腹に出来たと気付いた時は、
男はもう姿を見せなくなっていた・・
「わたし、バカだから・・」
「・・いいや、立派だよ。・・あんたは、チーターを真面目に育てている・・」
「でも、町の人達は、陰で色々言っているわ。」
「奴らに、あんたの事を言う資格なんかあるもんか。」
「・・どうして?」
って問われて、
俺は、言葉に詰まった。
そして、
床のマットに寝っ転がっていた体を起こした。
起こして、彼女を見た。
俺は・・、俺は、どうしてこんなに自分勝手な奴なんだ・・
例え、理由はどうであれ、
俺が望むか望まざるかに関わらず、
彼女が、この家で食事を作り、掃除や洗濯をしてくれているのに、
彼女が、一生懸命話しているのに、
俺は・・流れている曲のバックグランド・ミュージック程度も彼女の話を聞いていなかった・・
俺は、彼女にミルクたっぷりのコーヒーを入れ、
テーブルを挟んで、
彼女と向かい合って座った。
確かな 自分
人はみんな、寂しいものさ・・
こんなに暑い日差しの毎日だが、
時折とても、過ごし易くて、どうしたんだ・・神様もたまにはこの国の事を考えて下さってるんだな、と思う日が有る。
今日は、そんな日。
エミーとチーターが、
俺の家に来てから、もう十日が過ぎた。
って事は、俺とエミーは、夕食の後にコーヒーを飲みながら話す様になって一週間近くになるんだな・・
話ったって、
そんなに特別な事を話すのではない。
そりゃぁ最初は、お互いをもっと知る為に、
様々な経験を話し合ったが、
自分では、話せば切りがないと思っていても、
いざ話してみると、
そんなに幾つも特別なものが有る訳じゃない。
だから、
今夜は、本当にお互い落ち着いて、
「人間ってなんだろう・・?」
とか、
偉そうな事を話している。
この俺がだよ・・ 人間とは・・? だって・・
「人間って、どうして生まれるのかなぁ・・」
「あんたの方が、よく知ってるだろう・・。チーターは、何故生まれたんだ?」
「・・馬鹿っ!・・そういう事なんか、聞いてるんじゃないわ。」
「・・それ以上の事、考えたって仕方ないだろう・・。それに、俺たちは、生まれたんじゃない。・・あんた、『よし!、この国のこの辺りに生まれてやろう・・』とか思って此処に生まれて来たのかい・・?。違うだろ・・?」
「・・・違うかどうかも分からないわ。だって、覚えていないし・・」
「・・そう云われれば、俺だって覚えていない。・・・英語では、I was born っていうよな。・・生まれさせられた・・か?」
「・・そんなんじゃ、面白くない。だって、自分の希望なんかまるで無視されて、ポコンと色んな処に生まれさせられるなんて、とても不公平だわ。・・誰かの気紛れで、私なんかこんな人生になって・・」
「こんなって・・、どんな人生だよ?」
「・・・・」
今度は、エミーが、
数日前の俺と同じに、
上手く応えられない・・
だから、
それに気付いた二人は、
静かに笑いながらコーヒーを飲む。
世の中、生きて行く時を考えれば、
金も物も在る方が楽だって事は誰だって知っている。
でも、
お金持ちが、みんな幸せか・・
家族数人が住むには、
どう考えても大きすぎる家や、一年に二~三度しか行かない別荘が在る人は、みんな幸せか・・
「・・そうだ!、あの太っちょを見てみなよ。」
彼は、一応神父だが、
何時もは、Tシャツに裾の短いズボンという姿。
そして、ゴム草履を履いて、
どうしてだか分からないが、毎日嬉しそうに空を見ながら歩いているぞ。
マニラの街を、
もしあの姿で、彼が歩いたなら、
一体誰が、彼を神父だと思う?
彼が、幸せそうに笑えば笑うほど、
周りの者は、
気味悪がって、返って近付かないだろう・・
「・・・」
「・・分かんねえな・・。人間って何なのだろう・・」
「・・そうね・・ 何なのかしら・・」
そんなこんなで、
夜は更けて行く・・
嘘 じゃ ないから・・
昔々の話だけど・・
この国は、俺にとって、色々あるけど、まあ好きな国。
だけど、
やっぱり日本人だなぁ・・と感じる事が有る。
そんな時は、何時も夜。
みんな寝静まって、
時折遠くを走る車の音が、何かに反射して聞こえたり、
恐ろしく雑な配線の為、
電線がショートして、バチッという音がする以外何も聞こえない。
時間も気にならない。
何故って、明日どうしてもやっつけてしまわなきゃ・・なんて仕事など無いんだから・・
今夜は、俺の若い時の(今でも未だ充分若いつもりだけど)話が聞きたいと、エミーが言うものだから・・
「もう寝るわ・・」 と
彼女が、隣の部屋に消えてからも、
俺は、話の余韻を引き摺って、
あんな事こんな事、色々思い出しては、
一人で怒ったり、哀しんだり、惨めに成ったり、
たまに笑ったり・・
高校の時、世界史の試験。
風邪で頭は痛いやら、ボ~ッとするやらで、
勉強なんかしていない上にこれだから・・
それでも頑張ったんだけど、
六問ほど答えを書いたところで辛抱の限界が来た。
くそ面白くない・・これじゃぁ15点程しかない・・
どちらにしても納得が行かない得点なら、いっそ零点の方がサバサバしていると、
かき込んでいた回答を、全て消しゴムで消して、残りの時間は寝てしまった。
翌日、世界史の先生が、俺を呼び出した。
彼の顔を見た途端、
相当頭に来ているのが分かった。
俺は、事情を話した。 そして、
「・・だから、妙に半端な点よりも、零点の方がさっぱりして良いと思いました。」
と。
俺が話している間に、彼の表情は、幾分和らいで、
結局、追試はしない。年間の平均点が赤点になったら落第って事になった。
運が悪い時って有るもんだ。
作品名:どうってことないさ・・ (3) 作家名:荏田みつぎ