どうってことないさ・・ (3)
だが、こんな処にも、日々の生活は有る。
都合の良い言葉に騙されても、
たまに気分を害す河に居座られても、
ここ以外で住む事を好まず、
水牛の様に、ゆっくりと少しでも前に進もうとしている。
「また、来たよ・・」
と、
嫌な顔と共に、来訪を伝えていたチャイリンが、
最近、微妙に変わってきた。
俺は、ニヤニヤしながら、
「ビールが生温くなる前に・・」
彼の来訪を伝えろよと、
庭の端っこに在るベンチで話す二人を冷やかす。
去年の祭のイベントで、俺とリングの上で闘った奴、
以来、時々訪ねて来ては、
二人で飲んで、仲良くなった。
そして、
人というのは、分からない。
奴め、
いつの間にか、チャイリンと、
俺より仲良く成りやがって・・
「お兄ちゃん・・」
何時になく、静かな調子でチャイリンが・・
彼と一緒になりたいと言った。
俺は、チャイリンの目を見た。
(マジかよ・・まあ、あいつは、良い奴だが・・)
彼女は、ゆっくり頷いて、後ろを振り向いた。
其処には、何時もの馴れ馴れしい奴じゃなく、
直立不動で、
じっと俺を見詰める友が居た。
「太っちょに、話したのか?」
(未だ・・)
「両親に、手紙で伝えたのか?」
(未だ・・)
この国に来て、最初の村で出会って、
以来、思えばずっと一緒に居た・・
だが、
不思議に愛とか恋とか、
男と女の感情は、二人とも感じることなく、今まで・・
・・・・・
馬鹿な俺が見ても、
奴はバカだけど・・
チャイリンが居れば、大丈夫だろう、
俺が、そうだった様に・・
「よし、一緒になって、幸せになるんだ。」
その言葉で、
二人の肩の力がドッと抜けた。
その場に立ったまま、
二人は、ニッコリと微笑み合った。
俺は、
そんな二人を残して部屋を出た。
外の空気をいっぱいに吸って、
暫く、体内に留め、
そして、一気に吐き出した。
「さてと・・・」
背伸びをした後、
俺は、太っちょ神父の行方を捜し始めた。
いろいろ あるけど・・
雨。
降り続くそれは、束の間の晴れた日も、
ジトジトとした湿気を留めたままの陽射しを容赦なく送る。
ただでさえ不快な気分なのに、
このところ、
俺の気分は最悪だ。
最初に住み着いた村で、世話になった漁師夫婦、
我が娘チャイリンの結婚に、
顔色を変えて猛反対だ。
そうかもな・・
何しろ、チャイリンが選んだ相手は、
殺しと押し込み以外は、何でも遣って来た。
親族の鼻つまみ者となり、
都会へ飛び出し、ボクサーを目指したが・・
世の中、そうそう思う様には行かない。
都会で、どぶの中を這い回る様に生きて、
食い詰めて、
着の身着のままで帰って来た。
それからの奴、
やけっぱちで喧嘩三昧。
だが、去年の祭の日以来、
奴は、明らかに変わって来た。
少しずつだが、太っちょ神父の手伝いをし始め、
今では、無くてはならない働き手の一人となった。
涙を流すチャイリンの横で、
彼女の両親の悪口雑言にじっと耐えている。
太っちょも助け船を出すが、
両親は、
頑として受け付けない。
「チャイリンは、俺の妹だ。あんた達の娘であると同時に・・」
一人の男と、一人の女が愛し合う。
そこに、
善人だとか悪人だとか、
他人が口を挟む事など出来ない。
奴は、確かにワルだった。
だが、
今は、違う。
かつての俺がそうだった様に、
きっと、
チャイリンが奴を、もっともっと良い奴にする筈だ。
俺は、必死で両親に頼んだ。
両親の同意は得られなかったが、
まあ、いいさ。まだ時間は有る・・
怒りが静まっただけでも良しとしよう・・
そして、また一つ問題が・・
「貧乏人の、その日暮らしの家の娘など・・」
と、
奴の親族も猛反対。
お前さん達も、ダム用地を売るまでは、似たり寄ったりだった癖して・・
金がそんなにものを言うのなら、
俺にだって、考えが有る・・
俺は、事情を話し、いかれ野郎に頭を下げた。
十日ほど後、
彼等夫婦とオーナー夫婦が、
「俺たちが仲人に・・」
なると、訪ねて来た。
そして、
もう一人、
家具屋の優男も、その二日後に・・
顔は知らなくても、
この男の父親の名を知らない者は居ない。
その彼が、
「俺の弟の・・妹の結婚式だから・・・」
と、言い方は少し変だったが、
俺の肩を抱きながら言ってくれた。
真っ白いオープンカーを街から運び、
二人の為に、
結婚式に参加するぞと・・
町長が飛んで来た。
ざまぁ見ろ・・ 金にペコペコしやがって・・
俺は、村からチャイリンの両親を無理やり連れて来た。
そして、
両親は、二人の仲人を見て驚いた。
「私たちが、付いてるから・・」
と、
いかれ野郎のパートナーが言い含め、
「式の日には、また必ず来るから・・」
と、
町を後にした。
そして、その日の夜、
俺は、チャイリンを呼び、
内緒でオーダーをしておいた白いドレスを渡した。
涙をポロポロ流す、チャイリンの口が動く前に、
俺は、黙って部屋を出た・・
そして また 新しい船出・・
毎年の事だが、雨が続いた後は、徐々に朝晩涼しさを感じる。
恒例の洪水は、
今年、何故か大人しく、
教会のオルガンも無事だった。
この一週間、
チャイリンの両親や兄弟、親戚の者たちも、
教会の隣や俺の家に泊まり込みだ。
来るべき、
チャイリンと、彼女が選んだ『今は、良い奴』との結婚式を祝う為だ。
あと三日。
あと三日で、彼らの新しい門出が始まる。
俺は、その日、
チャイリンに二人だけのデートを申し込んだ。
そして、
車を借りて、
俺たちは、マニラに行った。
その場所は、
今は亡き、おっさんが飲み屋をやっていた近く。
俺は、彼女に一通の貯金通帳を渡した。
おっさんが、
俺の為にと作ってくれていたものだ。
「お前の名に変えるから・・」
どうしても、どうにもならなくなった時に使えと・・
彼女は、それを手に取り金額を見て驚いた。
そして、
受け取る事を拒んだが、
俺は、構わず銀行の窓口へ・・
「いいな・・、奴には、絶対に内緒だぞ。」
俺は、何度も念を押した。
そして、
式の前日、
いかれ野郎とオーナーの夫婦、
それに、約束通り
白い大きなオープンカーのお供を連れて、優男も来てくれた。
彼は、町で一番大きなホテルでの披露宴を前もって頼んでいてくれた。
呼びもしないのに、
また町長が来て、
頼みもしないのに、
大きな花束を・・(無駄さ、俺がお前さんの本性なんか、とっくに話してるから・・)
おっ!、
太っちょめ、今日は、まるで神父みたいじゃないか・・
俺が、冷やかすと、
ジロッと大きな目で睨み付け、
素知らぬ顔で祭壇へ・・
オルガンの音に合わせて、
バージンロードを歩くチャイリンは、
白いドレスがよく似合い、とても綺麗だった。
だが、
その彼女を待つ彼は、
左目の下に青黒い痣が・・
なんて不格好なんだ。
去年から、
週に一度は必ず俺と、
グローブを着けてのスパーリング。
つい四~五日前に、
俺が見舞ったカウンターの痕だ。
作品名:どうってことないさ・・ (3) 作家名:荏田みつぎ