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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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どうってことないさ・・ (3)

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結構忙しくて・・
それに、

受験料を稼ぐためのバイト。
だから、
増々忙しくて・・

でも、やり通せた。
そして、
一応、
誰でも名前だけは知っている大学に、受かった。

もう、思い残すことは、無い。

仕事して・・金貯めて・・
中近東の何処かで、
どうにかなってやる・・と。
だが、

金は、思う様に貯まらない。

痺れを切らして・・待ち切れず、
何とか来れたのが、
この国だった。

そんな、過去の思い出などを、

馬鹿だな~と、
今の俺が、笑っている。

こんなにも、何にもない退屈な一日が、
実は、
一番幸せなんだと、気が付いた。

何だか、照れくさい気がしないでもないが・・

此処まで来れたのは、
この国の人たちのお陰だ。

俺が、
どんなに暴れても、
必ず、
助けてくれる人が居た。

何も言わず、許してくれる人が居た。
そして、

傷ついたり、悲しんだりした分だけ、
労わったり、慰めてくれる人が居た。

そろそろ・・

太っちょと、チャイリンの居る、
田舎へ帰っても良いかな・・

久しぶりに帰って来た、
いかれ野郎とパートナーが、
Shalom を相手に、
デレデレしてるのを窓越しに見ながら、

俺は、そう考えていた。






   元 に 戻すこと


ひと月ぶりに帰ったビニャンは、毎日雨が降り続いていた。

俺は、マニラに置き去りにされ、
マスターの事務所の移転など、当然の如く手伝わされたというのに・・

帰って見れば、
このいかれ野郎の、のんびりと構えた姿は、一体何なのだろう・・

相も変わらず、何事も無かったかの様に店先に座り、
「Thank you sir・・」と、
客から挨拶されている。
そして、

客の後から、
「いいえ、こちらこそ・・」と・・

マスターが、夫人同伴で訪れた。

「まったく今回だけは、参ったよ・・」
と言い、
助けて貰ったお礼を述べるマスターに、
「ああ、・・」
と、軽く頷いただけで、

丁度聴き終えた、最近お気に入りの曲を再生する。

「どうだ、良い曲だろう・・?」
と、
眼を閉じて言ういかれ野郎を、黙って見るマスター。
そして、
ポツリと

「食えねぇ野郎だ・・」

店の奥では、ゴッド・マザーの夫人が、
Shalom にと持って来た抱え切れない程のプレゼントを、パートナーや店番の女たちが、キャーキャー言いながら見ている。

その夜、マスターの奢りで、パーティーが開かれた。

この国では、隣の家のパーティーは、我が家のパーティーと同じだ。
音楽や人々の嬌声に誘われて、見知らぬ顔も混じり込む。

「こいつ、こう見えても上院議員と昵懇なんだ。」
と、
自分が酷い目に遭った事の顛末を、面白おかしく話すマスター。

これが、いかれ野郎の静かな暮らしを一変させた。

次の日から、店の電話は鳴りっぱなし。
向かいの家の電話も鳴りっぱなし。
店には、買い物以外の目的で、訪ねて来る人が居る。

それぞれに、
自分の事しか考えず、都合の良いお願い事を・・

「何とか、議員に頼んで頂きたいのですが・・」
と、
高級車で乗り付けては、頭を下げる。

お陰で、俺は、昼寝も出来ない。

いかれ野郎は、
買い物客以外からも『Sir.・・』と呼ばれ、
パートナーは、『Mam・・』と呼ばれた。
だが、

「冗談だろ・・?」と、

いかれ野郎は、そう言って、全く取り合わない。

そして、ついに・・
パートナーと共に初めて二人だけの旅行に出かけた。

熱しやすく冷めやすい国民性が、この二人には、幸いした。
二人が、旅行から帰った時、
辺りの異常なまでの賑やかさはもう無かった。

「・・やれやれ・・・」

長い息を吐きながら、
いかれ野郎が、最初にした事は、
Shalom を片腕に抱き、そして、
パートナーと向かい合って・・

聴き慣れた曲に合わせて、三人で踊った。
だれ憚ることなく・・

「今は、この曲が有れば良いんだ。」
と言いながら・・


 (*;これを書くちょいと前に、いかれ野郎が、マスターの危機を助けて、そのお礼かたがたマスターが来て・・)






   生きる 為に・・


毎日シトシト、時にジャカジャカ降る雨の季節。
そして、徐々にもの凄い暑さが薄らぎ、ただの暑さになる。

街のデパートは、
クリスマスの飾りが見え始め、
みんな、

金は無いけど、
何だか浮かれて来る。

今年も、チャイリンとドン先生、
そして、
太っちょ神父に、少しばかりの贈り物を・・

それを託ける為に、

月に二度ほどマニラに来る、村の雑貨屋のオヤジと会った。

「もう、すっかり街の暮らしに馴染んで来たな・・」

そう言った、オヤジの顔を見ると、
何だか里心が・・

そういえば、

俺が、
村を出る時は、
オヤジが運転していたが、

今じゃ、お付きの運転手が居る。
(歳、喰ったなぁ・・)

「夏の初めには、帰るつもりだよ・・」

思わず言ってしまった・・
そして、

オヤジと別れて、いかれ野郎の処に帰りながら・・
四年近く前の、
みんなの顔が、ちらついた。

いかれ野郎の椅子は、新しくなったが、
相も変らぬ、下手な接客が続いている。

だが、
最近、特に思うのだが、
彼は、俺が来た頃の彼じゃない。

「人間、勢いが続くのは、三年余り。その三年が過ぎれば、ただの人。何時までもバカ遣ってる訳にも行かん・・」
(ただの人でも、あんた、充分普通じゃない・・)

「お前は、俺よりバカだから・・、街なんかに居ると、寿命が縮まるぞ。」
(妙に納得・・)

俺が何にも言わないのに・・

いかれ野郎は、
俺の心を見透かした様な事を言った。

雑貨屋のオヤジの話をすると、
だから、お前は、バカなんだと・・

他人が歳を重ねるだけ、
お前も歳を重ねている。
ただ、
お前は、成長が無いから、他人より気持ちが若いだけ・・
たまに居るんだよな、そういうアホ・・
だって・・

「二人の邪魔だから・・」と、
思わず言葉が出た。

田舎に帰ろうと思います・・
どうぞ、お幸せに・・、と笑いながら言えた。

大工仕事を終えた後、
亡くなったおっさんと、墓の草むしりしながら、ゆっくりと話して、

心が決まった。

もう少し、長生きする為に・・

俺は、雑貨屋の車で田舎に向かった。

雑貨屋のオヤジは、
ポンコツエンジンの騒音を掻き消す程の大声で、
俺に色々話し掛ける。

山を二つ越え、
水田地帯をガタガタ走る。

遥か向こうに見える山を越えると、

懐かしい顔が・・






   住めば 都


雨の季節。

町へ行く時、必ず使う渡し船。
その渡し場が、豪雨で流された。

上流に、ダムと発電所が出来て以来、
何故か豪雨の度に、河の流れが変わる程の水が押し寄せる。

護岸工事もないこの川は、
徐々に岸が剥ぎ取られ、川幅が広くなる。

「都会に電気を売るんだ・・」
そうすれば、

此処の暮らしも楽になると、
上手い事を言いやがって・・

結局、儲けの殆どは電力会社に・・
そして、
我々に残されたのは、

毎年水に削られて、狭くなる畑、
細やかな堤防を軽々と越え、腰や胸までもの高さに浸水を許す住居群。