どうってことないさ・・ (3)
大勢の暇な男や女たちが、
なんだか踊ったり、
飲んだり食べたり・・笑ったりしながら、
広い空地の飾り付けに忙しい。
「あんたも、手伝えよ。」
ビールを飲みながら、手伝うか・・
「asawa ni lolit. は、準備万端かい?」
(いかれ野郎は、準備万端かい?)
asawa は、夫という意味で、同時に妻という意味だ。
この国で最も素晴らしい言葉の一つ。
夫婦は、フィフティ・フィフティ。
だから、
どちらも、同じ言葉の asawa
だが、
いきなり訊かれたって、
彼は、
例によって、居る訳ない。
一週間も前から、何処かへお出掛け中だ。
だから、
準備も何もない。
と、想っていた。
有り難いお祭りの日、
みんな朝からはしゃいでいる。
寄付集めのパレード
禁止されても、お構いなしに鳴る爆竹の音。
そして、
夕方から始まるボクシングの試合。
五~六歳のチビから、
十五~六歳の小僧まで、
それぞれのクラスでのチャンピオンが、次々に誕生する。
そして、
ほぼお決まりの、賑やかな音楽だ。
アマチュアの、幾つかの演奏の後、
マニラから来たプロ達の演奏を待つ。
(ああ、だから、機材がこんなに揃っているんだ・・)
人というのは、分からない。
ステージの上で、音の調子を採ってる奴等、
どれもこれも近寄りがたい風貌だ。
髭面、サングラス、後ろで束ねた長髪、鋭い目つき・・
俺は、可笑しくなった。
(まるで、借金のカタに楽器や機材を取り上げに来た奴等みたいだ・・)
だが、
彼等の演奏は、本物だった。
特に、
後半のラテン・ロック、
それぞれの音が絡み合い、
流石に上手いし、半端なく良い調子。
その中に、
俺は、
実に楽しそうに、
ベースを弾いている彼を見た。
それは、
今までに見た事の無い彼。
想像だに出来ない姿だった・・
(寂しく歌うのは、想像できたが・・)
パートナーに教えられ、
大きな目をキョロキョロさせて、
やっとステージの上の彼を見つけたShalom、
訳が分かるのか、分からないのか 知らないが・・
主人の肩の上で、
両手をいっぱいに挙げながら踊っている。
(ラテン系だ・・)
プレーヤーを載せる聴衆も、
また、最高のプレーヤー。
彼等は、
ところ構わず踊り、歌い、飲む。
「間違えた・・。お前、分かったか・・?」
三十分以上アンコールに応えた後、
彼が、
俺に言った初めの言葉。
「構いませんよ、少しくらい・・」
彼は、キッと俺を見た。
(あの時の顔だ・・)
目立つ必要などない。
だが、
無くてはならない。
だから、ベースが好きなんだ。
そう言った彼に、
ステージで弾けた時の姿は無かった。
また、一つ学んだ。
Shalom を肩車して帰る彼を観ながら、
最近多い ありがとう を、また心で呟いた。
後悔 先に たたず・・
全てを見通せる、昼間の燦々たる陽の輝き。
そして、
外灯一つ無い真っ暗闇の夜。
そんな田舎を出て、三年が過ぎようとしていた。
「今日は、思いの外進んだな・・」
毎晩、一本のビールが飲めると・・
滅多に仕事の無い主人は、
久々の大仕事にはしゃいでいる。
そんな毎日が続いていた。
明け方の電話の音。
そして、
何時になく激しくノックされるドア・・
返事をして、
ドアを開けるのを待ち切れず、
おかみさんの声が響く。
何だって・・! ・・・・
「マニラに・・、早く、マニラに行くんだよ!」
その言葉で、
俺の身体は、
何が何だか分からないうちに・・
兎に角、勝手に動いていた。
世話になった裏通りの飲み屋。
其処の二階の小さな部屋で、
俺を拾ってくれた・・おっさんが・・
「見つけた時は、もう冷たくなっていた・・」
住み込みの女は、
泣き腫らした目を隠そうともせず・・
優男が、葬儀の手配をする。
「金に糸目は付けないから・・」
と、
てきぱきと、矢継ぎ早に指示をする。
その日の夜、
大男と共に、いかれ野郎が現れた。
そして、
何も言わずに、柩の前で、
床に正座し・・静かに
般若心経を唱え出す・・何度も、何度も・・
別れを告げに来た人たちは、
この異様な光景を、不思議そうに見守る。
俺は、いかれ野郎の後ろに座り、
床に頭を擦り付けた。
頭が・・頭が、なかなか上がらなかった。
・・おっさん、・・俺は、知っていたんだ。
俺が行き倒れ寸前だった時、
あんたは・・たまたま通り掛かっただけだと言った。だが、何処かの誰かに、日本人が・・と聞いて、わざわざ見知らぬ俺を救おうと・・・。
こんなに別れが早いと知っていたなら、この前のお祭りで会った時、一緒に店に帰るんだった・・。恩返しも要らないっていう様に・・寂し過ぎるよ。
仲間のうちでは、一番の年上だが、決して多くを語らず、俺が訳の分からない事を言うと、
「人生を見ろ。」
の一言。それで何時も終わりだった。
俺が、いかれ野郎の処に来てからも、何かと気を使い、
「息子を、頼むよ・・」
そう言って、頭を下げてくれていたらしいな・・。
訳有って、日本へ帰れない身の上なのは知っていた。
何時も着ている、その長袖の下の、彫り物の事も知っていた。
贅沢の出来る身分じゃないと・・、出しゃばらず、自分を通さず、何時も他人に道を譲り、それを見て喜んでいた・・。
俺は、どうして、
こんなにバカなんだ・・
どうして、
おっさんが、生きてるうちに、
おっさんが、無言で教えてくれていた事に気付かなかったんだ・・
何時も・・いつも遅いんだ・・
俺は、バカだから・・
ありがとうよ、おっさん・・
本当は、親父さんと、誰かの代わりに呼びたいけれど、
俺には、永遠 おっさんだ。
おっさん・・ もう一度・・ ありがとう・・
本当 の しあわせ
どうしたのだろう・・
最近、やけに暑くなってきたというのに、
これまでは、
ただ、暑いだけで、もう・・
何だか腹立たしくなったり、不機嫌になっていたのに・・
この処、
仕事もきつくて、
唯一自慢の体力も、
ヒイヒイと、叫び声さえ上げられない程なのに・・
たぶん、半年ぶりに、
おっさんに会いに行った所為かな。
心が、とても穏やかで・・
見る者すべてが、
俺を笑顔にしてくれる。
まだ、
この国に来る前に、
「止めときなさい、どうせ行けないのだから・・」
と、
高校時代、ただ一人、俺を可愛がってくれた先生が言った。
そうだよな・・
高校を卒業出来るだけでも、めっけもんだもの・・
だが、
止せと言われると、
何故か、素直に『はい。』と言えなくて、
せめて、合格したという事実だけが欲しくて、
最後の年は、
人が変わったように勉強した。
喧嘩も、続けて・・隠れてだけど・・
何処かの学校の奴らに、
四人がかりでボコボコニされた。
暫く、動けない程やられた・・
ドラマで大勢相手に、一人で勝つなんて、そんなの
現実には、
そんなに何処にでも有る事じゃない。
だが、
そんな日も、勉強は続けた。
そして、
俺の勉強を邪魔した四人、
一人ひとり呼び出して・・
だから、
作品名:どうってことないさ・・ (3) 作家名:荏田みつぎ