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夏の扉

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 怜はたとえようもない疎外感を感じることがあった。自分が、自分たちがこの世界からのけものにされているような、そんな寂しさだ。同僚にそれを話したこともあったが、変人あつかいされて終わってしまった。お前、どうかしてるよ。感受性が豊かなんだよ、怜は。
 背をずらし、シートにだらしなく座る。尻に硬い違和感……バックサイドのホルスターに、九ミリ口径の自動拳銃、十五連発。誰を撃とうというわけでもない、ただ、あの男が持つようにすすめた。銃を所持することを、<機構>は禁止しなかった。社会の混乱、自分の身は自分で護れ。
(なんだよ、これ)
(護身用だよ。ないよりましさ)
(鉄砲なんて撃ったことないよ)
(教えてやるさ)
 彼は、時計と銃はスイス製がいいと言いながら、操作法と分解方法を怜に教えた。そしてかまえ方、撃ち方。引き金には指をかけるなよ、自分の脚を撃ちたくなかったらな。
 重く、冷たく、鋭いエッジ。彼に教えられてはじめて撃った衝撃、てのひらで銃が踊った。
 誰を撃とうっていうんだ。
 怜はしかし、クルマに乗るときは銃を携帯した。それもあの男が教えたことだ。
(世の中にはいろいろな奴がいるもんだからさ)
 銃ごとホルスターをはずし、助手席に放った。シートに深く座りなおし、ふたたびエンジン始動、走り出す。ガス欠で止ってしまったら一大事だ、ペダルを踏みこむ足も穏やかに。砂埃のコントレイル、排気音、火山灰に薄くおおわれたアスファルト、頼りない操舵感。基地の町は、もうすぐだ。


   二二、巡航?

 耳を聾する爆音を叩きつけ、灰白色の鳥が二羽、怜の頭上を飛びぬける。滑走路の端が見渡せる道路沿いに、給油所はある。燃料系の針はとっくに振りきり、怜はそろそろと錆びだらけの屋根の下にクルマを滑りこませた。影にまぎれて男がこちらを向いている。薄汚れたシャツの上に、これも言われなければわからないほど汚れたフライトジャケットを着て。
「ガス欠か」
 顔の下半分は、手入れをしていない無精ひげがおおい、片足に重心をのせた立ち方は、斜にかまえた彼の性格そのままに見えた。
「満タンで頼みたいんだけれど」
「給油口を開けな」
 エンジンを止め、レバーを引っぱって給油口を開ける。そこにすかさず男はガンを突っこんだ。
「平日に来るなんて、初めてじゃないか」
「そう……かな」
 怜はシートに座ったまま、男はフロントフェンダーに寄りかかって。
「調査員は馘になったか?」
 男はすらりとした長身なのに、洗練された印象はまったく抱かせない。怜と同じくらいの痩身だが、筋肉質だ。初対面での自己紹介で、彼は元パイロットだと名乗った。
「休職中ですよ」
「休職? 何をやらかしたんだい?」
 ウィンドシールドごしに、興味津々の瞳を無遠慮に向けてくる。
「身体を壊したんですよ、あんたとは違う」
「病気か。お大事に」
 よけいな詮索はしない。男の美点は、そんなそっけなさだろうか。
「おいおい、銃を裸で放っておくのは、どうだろうな」
 助手席をのぞきこんで、腕を組む。
「運転しづらいんだ」
「バックサイドは失敗だったかな?」
 怜はやれやれと首を振った。論点がわかっていない。
「せっかく許可証まで用意してやったのに。お前は俺の心遣いがわかってないんだな」
「誰に襲われるっていうんですか。そんな危ない人間にはお目にかかったことがないよ」
「<街>に住んでいれば、そんなものなのかもな。でも<街>を離れればちがうさ。どんな奴がいるかもわからない。保険さ。それとも<機構>の人間は、みんな脳天気なのかな」
「あんただって、空軍にいたんでしょ」
「大昔の話さ。お前が鉄の町で友達といっしょに机に向かってたころだ」
 男はおそらく怜よりひとまわりは歳が上のはずだが、意識したのは最初のうちだけだった。年齢相応の気取りがなく、軽口を叩くのを好み、銃の操作方法を教えても、新しいおもちゃを誇らしげに子どもに見せつける父親のような顔をする。
「……そうか、あんたはパイロットだったんですよね」
 爆音がまたスタンドを襲う。男は音の暴力を意に介さないふうで、鼻をこする。
「なんだい、あらたまって」
 ガンが止った。男はフェンダーから降り、給油口を閉じる。
「すっからかんだったんだな」
「いくらです?」
「いくら持っているんだ?」
「二○○と、すこし」
「休職中の貧乏人からまきあげるのもかわいそうだからな、一五○でいい」
「いつもはまきあげてるってことですか」
「まさか。お客様からは正当な利益をいただいているだけだよ」
「ほかに客がいるって?」
「いるさ、こんな時代でもね」
 男は振り向いて真っ白い歯を見せた。笑うと顔がしわだらけになる。男は年齢のわりにはしわが多い。
 怜はポケットから財布を出し、支払う。男のしなやかな指が伸びてきて十五枚の紙幣を受け取る。そう、男の指はピアニストのそれのような、しなやかさがある。
「毎度ありがとう」
「こちらこそ」
「すぐに戻るのか?」
 運転席をのぞくようにして、男が言う。話好き。だからたまの来客を逃さない。
「どうしてです」
「きょうはミッションが派手だ。裏で戦闘機でも見ていったらどうだ」
「興味ないよ」
「つれないな。クルマの整備をサービスするぜ」
「またまきあげようっていうんでしょ、いいですよ」
「たださ」
「元パイロットが自動車整備ですもんね」
「ああそうさ。戦闘機よりずっと単純だ。こんなもの誰だっていじれる」
 男はエンジンフードを平手で叩く。アルミニウム製だから大事にあつかえと言ったくせに、そんな自分の言葉はすっかり忘れている。
「ひまなんだろう、寄っていけ」
 ぶっきらぼうな言い方だが、寂しがり屋なのだ、案外。
「わかりましたよ」
 男の人懐っこい笑みは、怜も嫌いではなかった。根負けだ。
 怜はドアを開け、ガソリンの匂いが漂う給油所に、脚を下ろした。

 男の言葉どおり、戦闘機がひっきりなしに滑走路を蹴っていく。そのたびにスタンドの屋根が、男の住みかである給油所の壁がふるえた。ちょうど店の裏手に、どこからひろってきたのかわからないベンチが一脚すえられていて、離陸していく戦闘機を見るのにはうってつけの場所が用意されている。怜はそこに腰を下ろして、まるで地面を毛嫌いしているかのように、猛烈な速度で空へと切り込んでいく戦闘機を眺めることにした。
 揺れる背の高い草、屑鉄だらけの裏庭、その少し向こうに、フェンス、爆音。
 戦闘機の灰色の腹が、外版の継ぎ目ひとつひとつにいたるまではっきりと見える。男がかつてはあれに乗り、大空を飛びまわっていたとは、にわかには想像できなかった。
「飛行機は嫌いか?」
 両手にコップを持ち、男が怜のとなりに腰を下ろした。
「麦茶だよ」
「ありがとう」
「飛行機は、嫌いか?」
 飛行機は好きかと訊けばいいものを、嫌いかと訊く。ひねくれている。
「乗るのは」
「乗ったことあるのか」
「一度だけ、出張で」
「戦闘機に乗ったことは?」
「あるわけないでしょう」
 男が持ってきた麦茶は歯にしみるような冷たさだった。
「じゃあ、ひとりで空を飛んだことはないんだな」
「自慢?」
「うらやましいか?」
作品名:夏の扉 作家名:能勢恭介