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信親は四歳の頃、誘拐にあった。城崎電機の跡取りを狙った、身代金目的の犯行だった、らしい。当の信親は、正直なところ覚えていない。繁親が表沙汰にしなかったため、記録がなく、詳細は当事者しか知らないようだ。そして、触れてはいけない禁忌の事件であるらしい。信親は、事件のショックで、四歳以前の記憶が曖昧になってしまった。
 だから、いつから秋桜と一緒だったのか正確には覚えていないけれど、それでも、記憶がある一番初めから一緒にいた。少なくとも、幼稚園の卒園式の記念撮影には二人一緒に写っている。
 信親自身、秋桜が人間でないことを知ったのは小学校を卒業してからだった。子供には理解が難しい、という判断から家族ぐるみで秘密にされていたらしいけれど、気が付かなかった自分も自分だな、と思ったのを覚えている。秋桜が人間でないことを疑ったことは一度もなかったし、今だって、秋桜を機械だと思って接していない。
 それでも、秋桜は機械だ。
 城崎電機で完全受注生産されている、ヒト型パソコンの試作第一号機が秋桜だったそうだ。
城崎電機の社長は城崎繁親。まもなく七〇歳を迎えるが現役で指揮を執っている。製造ラインの全権を取り仕切っているのが繁親の息子で信親の父親である城崎由規男。繁親は自分の退いた後を息子に譲るかどうかは明言していない。だが、きっと世襲だろうと周りは思っている。世襲であるからには、いずれ、信親も城崎電機に関わることになるのは明白だった。そして、秋桜も城崎の檻の中に閉じ込められていて、休日は実験に付き合わされている。城崎電機製の人型パソコンの親は秋桜なのだ。秋桜で行われたテストが商品に実装されていく。だから、秋桜にはいつも城崎電機の最新の技術が搭載されていた。
ハードもソフトも幾度となく頻繁に改良・アップデートを重ねて、秋桜の外見は子どもから大人になり、十年前のぽんこつパソコンから最新スペックのパソコンになった。
もちろん秋桜は、いつだって人間らしく生活している。学校に行くようになった今でも、一度も機械であるなんて疑われたことはない。味覚はないが、食事をすることもできる。笑うこともできる。秋桜にできないことは空気を読むことぐらいだ。
繁親は、秋桜をボディーガードという名目で信親に与えているが、信親にとっては唯一無二の理解者だった。
相手が機械だってことは知っている。
――気を抜くと、そんなことは忘れそうになってしまうけれど。
過保護な両親と祖父に、いつも息が詰まりそうな思いをしていた信親にとって、秋桜はなくてはならない存在だ。

本当は知っている。
秋桜は信親のことは理解できない。
人間の気持ちは理解できない。
秋桜は機械だ。
秋桜に気持ちはない。
感情はない。
秋桜は秋桜であるように、そうふるまうように、プログラムされているだけ。
もしも壊れてしまったら、信親のことも、自分自身のこともすべて忘れてしまうだろう。
知っている。
きちんと知っている。

作品名:Delete 作家名:姫咲希乃