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秋桜の後ろに、虚ろげな表情の少年が消え入りそうに突っ立っていた。
「はじめまして、信親さん。詳しいことは後で。取り敢えず、場所を変えましょう。」
信親は、秋桜の袖を引っ張り、心配そうな眼差しを向けたが、秋桜はただ穏やかに微笑んで頷く。
信親も、渋々、といったようすで千春に向かってうなずいた。
三人はしばらく、口を利かなかった。踏みしめる足元で、小枝が折れる音にも気を遣う。見つかっては終わりだ、何もかも。
城崎の敷地の外、舗装された歩道に出た。隣の家との境界の、真っ暗で狭い、道というのもおこがましい場所で、三人は立ち止まる。千春が蚊の鳴くような声で、二人に告げた。
「私のアパートまで行きます。歩いて十分程ですが、遠回りします。」
「遠回り?さっさと着きたいよ。」
秋桜も、千春を習って小さい声を出した。
「いちばん近い道には、城崎繁親が普段、城崎本社に通っているルートが含まれています。今、車庫には城崎繁親用の送迎車がありませんから、まだ会社に居ると見るのが妥当です。」
信親は瞠目した。秋桜との関係性もさることながら、離れまで正確に迎えに来て、繁親の動向まで考慮に入れて行動しようだなんて。一体、何者なのだろう。
「分かった。じいちゃんと鉢合わせるのが、確かにいちばん危険だ。」
秋桜が、頷く。ただ黙って二人の決定に従うだけの信親に、千春が微笑みかけた。
「私は、これが最善だとは思っていませんよ。秋桜さんに付き合わされているんです。」
「は?イーブンだよ、俺ら。利害一致してるから。」
「私の利は、保証されていません。」
顰められた声で、二人は言い争いを始めた。
信親は、取り残された気持ちになった。
なんだ。
こんな秋桜は、初めて見た。信親の知らないところで、こんな風に気を許せる存在が居たのか。
信親は、言いようのない冷気に体を包まれていくような感覚がしていた。体温が、抜け落ちていく。きっとそう遠くない、その内、空っぽになるだろう。
――一人ぼっちの信親に、そっと寄り添ってきたのは、虚無だった。
嫉妬だなんて、そんな熱く生々しい、実体のあるものではない。
「のぶ?」
秋桜が信親の腕をつかみ、二度、引いた。
「ああ、うん?」
信親は慌てて、微笑みを貼りつけた。虚妄にとりつかれている場合ではない。少なくとも秋桜は、信親のためにこんな無茶を思いついたのだ。説明は、これから受けられる。
秋桜が、困ったように眉を下げて、首を傾げた。
「行くよ。気を付けて。」
千春を先頭に、三人は足早に城崎邸から離れる。
夜の闇をまとって、虫の声に紛れて、“城崎”で繋がれたそれぞれのしがらみから逃れるために。