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「やられた。」
我関せず、といった体でだらしなく地面に転がっている閂。開け放たれたままの離れの出入り口。土足で踏み込んだ建物の中は、もぬけの殻だった。
珍しく、繁親は不快感をあらわにした。その拳が、真っ白になる程強く握られ、怒りに震えているのを、数歩下がった位置で見ながら、剣は首を傾げた。ふと、時計を見る。時刻は十九時まであと数刻というところ。ついこの間までは、まだ明るかった時間だ。冬がすぐそこまでやってきていることを知る。

 あれから、城崎電機本社に着いてすぐ、繁親は会議に行ってしまった。剣のために予定を空けてもいいと言っていたが、仕事の邪魔をしに来たつもりはないので、繁親には通常通り役目を務めてもらい、剣は資料室で時間をつぶした。お目付け役に柚を同伴させられたあたり、信用は買えなかったようである。
 繁親が、会議の後何をしていたのかは知らない。三時間半ほど経った頃、柚に通信が入る。もう間もなく仕事を終えるから、食事にでも出かけよう、ということだった。柚の案内で繁親のオフィスまで迎えに行き、それから退社して、車で十五分ほどの距離にあるレストランで食事をすることになった。
 食事中、繁親のスマートフォンが鳴り、繁親が通話のために席を立った。ところが、繁親は血相を変えてすぐに戻ってくる。食事中であることも、注文したまま、まだテーブルに運ばれていない料理も構わず、釣りもいらないと適当に紙幣をテーブルに置いて飛び出していく繁親を、剣は慌てて追いかけた。連れの存在も忘れるほどに重大な何事かが起こったらしいが、口を聞けそうにはない。寝ている運転手を叩き起こし、飛び乗った車中ではやはり誰も言葉を発せなかった。
 会社帰りの車で溢れる道路では、艶やかな黒い高級車というステータスはなんの役にも立たない。結局、三十分ほどの沈黙を乗り越えて、城崎邸にたどりついた一行は、相変わらず何も教えてはくれない繁親の後について、離れの前にやってきた。中年の女性が一人、落ち着かない様子で、困り果てた表情をして繁親に頭を下げたが、繁親は気づいていないのか、そんな余裕がないのか構うことはなかった。

 剣は、女性の話を聞いてやっと状況が読めた。食事を提供に来たところ、信親と秋桜がいなくなっていたのだという。慌てて繁親に電話をすると、自分が着くまで、誰にも言わず、そこに居ろというのでここで待っていたということだ。それで、冬美の姿がないことに納得した。
しかし、こうなると次に敵意を向けられるのは、自分であるはずだ。
 繁親は、足元に転がる閂をつま先で小突いてから、がばりと振りかえり、無言のまま、剣を睨みつけて近づいてくる。
 剣はただ、やはりな、と思った。
「こういうことだったのか。お前が企んでいたことは。どこへやったんだ。」
恐ろしいタイミングで事故が起きた。剣がなんと言っても、無駄であろうとは分かっている。
「違います。私ではない。私はもう、城崎の誰とも通じていない。」
「奈津子がいるじゃないか。」
「私はあなたの馬鹿馬鹿しい言いつけを守って、彼女には会っていない。」
「確かめてもいいんだぞ。」
「勝手にすればいい。私の無関係が証明されるだけだ。」
剣は一歩も引かなかった。悲しくて熱い何かが、心臓を締め付ける。苦しみから、言葉が溢れそうになる。
「こんな事態を引き起こしたのはあなた自身だ。彼らをここまで追い詰めたのはあなた達だ。私のせいにして気が済むのなら勝手にすればいい。」
 怒りなのか憎しみなのか、分からなかった。剣はただ、何度こんなことを繰り返せば気が済むのかと思っていた。彼らはまだ大人ではないが、子供というほど幼くもないのだ。
作品名:Delete 作家名:姫咲希乃