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九月十五日(火)



前日のうっとうしい雨が嘘のような、爽やかな秋晴れ。
外でご飯を食べようという多くの誘いを断り、騒がしい昼休みの教室で、千春はうんうん唸っていた。
朝から頭を抱えっぱなしで、気づけばお昼であることに、千春は焦っている。
予想外の展開に困り果てている。途方に暮れている。知らない街に一人で放り出された方がまだ、できることが多いかもしれない。長い間、実行の時をうかがい、やっと行動を起こした矢先にこのざまだ。運が悪いとしか言いようがない。魔繰り合わせに、負けた。秋桜との接触を監視されていたかのようなタイミングで、城崎繁親は二人を監禁した。
ずっと、待っていたのに。たくさん準備をして、秋桜に近づいた。失敗する余地なんてないはずだった。
今、下手をすればすべてのチャンスが両手から零れ落ち、もう二度と好機に巡り合えなくなるかもしれない。予定通りとはいかないまでも、なるべく成果を得られるスマートな立居振舞をしなければならない。考えるには時間が足りない。タイムリミットはもうすぐそこまで迫っている。
千春は大きなため息をついた。溜息は、すぐに教室の喧騒に溶けて消える。
城崎信親が過保護に育てられていることは重々承知だった。調べれば調べるほど、過保護、の語意が変わっていくようにも感じたけれど。
義父に媚びへつらうヒステリックな母親と、家庭に無関心な仕事一筋の父親と、孫に異常な執着を見せる祖父。テレビの向こうで繰り広げられるような、欲望の渦巻く家庭環境。千春にとっては、これだけで十分尋常ではないと思えるのに、その上、監禁までするようになるとは、城崎繁親も必死だな、と考える。心を持たない秋桜が、信親の心配をするほどには、その環境はやはり普通ではないのだ。
――それはそうか。
二度目があってはいけないのだから。
一度壊れた城崎に「二度目」が訪れてはいけない。
しかし、千春にも信念がある。譲れないものがある。
目の前に城崎繁親が現れたとしたら、胸ぐらをつかんで、こう、言ってやる。

二度目の崩壊は近いぞ。

千春は、ぎりり、と歯を食いしばった。もう、ここまで来てしまったのだから、あとはやるしかないのだ。引き返す選択は、無い。スマートでなくても、無様な姿をさらしても、それでもやり遂げて、取り返して、帰ってくるしかない。
待ってろ、城崎繁親。

作品名:Delete 作家名:姫咲希乃