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「お帰り。」
そこには、繁親がいた。いつも通りの繁親。余裕たっぷりに微笑みさえたたえている。
「え。」
信親は間抜けな声を上げた。
「やっぱりな。」
続く秋桜は冷静だった。繁親をその視線で射るかのように見つめる。信親は秋桜と繁親の間で二人の顔をおろおろと交互に見た。
「これは、どういう……」
「話はあとだ、信親。二人とも、こっちに来なさい。」
家の門をいつも通りにくぐる。玄関は正面だ。しかし、入ってすぐに右に折れた。
庭を突き抜ける。
柵を超える。
黒ずんだ木造の、小さい、古い家屋があった。お世辞にもきれいとは言えない。
違和感がある。そこだけ現代から忘れられ、切り取られたかのような場所だった。建物を守るようにして茂る、背の高い雑草たちがより一層、この場代を現実感のないものにしている。
こんな場所は、知らなかった。信親でさえ知らないこの建物は、いったいどうして残されているのだろう。ここは一体、何の場所なのだろう。
繁親が何歩か進み出て、入口の引き戸を開けた。
「さぁ、入って。いいから。」
日常の話し方と、大差はない口ぶりであるのに、有無を言わせぬ、圧倒的な力が、その言葉にはあった。信親と秋桜は言われるがまま中に入る。秋桜が反抗的なのは見ていれば明らかであったが、信親が従うならば仕方がない、という様子であった。
「電気は通してある。食事は持ってこさせる。」
考える。一番、現状を的確に表現する言葉は何か。
――監禁、だ。
信親は信じられないという顔をして繁親を見た。秋桜は、信親に一度目をやってから強い口調で反抗した。
「今日は学校へ行っていいと言ったじゃないか。」
「ああ、言ったとも。お前がお願いに来るなんて珍しいからな。だから、聞いてやった。でも、やっぱり聞くべきじゃなかったな。」
秋桜がお願いに行った、と聞いて信親ははっとする。昨日のこともそうだった。信親は、じっと秋桜を見つめた。秋桜はただ、繁親を睨み付けている。
「部屋にいればいいんだろ。こんなところにいる必要はない」
「お前たちのためじゃないか」
「あんたのためだろ」
低い声で、秋桜が言った。その声に一番驚いたのは信親だ。信親は何も言えない。何を言えばいいのか分からなかった。
「ほう、秋桜。どこでそれを覚えたんだ。」
「茶化すな。」
繁親は余裕たっぷりの笑顔で自分の顎を撫でる。信親の知らない、見たことのない顔だった。
「とにかく、私の許可なしではもう外に出さない。家にも入れない。しばらくはここにいてもらう。」
「それは、どのくらいだ」
繁親は口の端を釣り上げて、意地が悪い笑い方をして見せた。
「お前たちの態度次第では、一生、かもしれんな」
「それより先にあんたが死ぬだろうよ」
秋桜が言い返す。繁親が、秋桜の態度に、ついに青筋を立てた。
「あき。」
「なに!」
見たことのない秋桜の剣幕に、信親はびくりと肩を震わせて、無理やり笑って見せた。ひきつっている。
こんな顔をさせたのは自分のせいだろうか、と秋桜は反省する。
「僕なら、大丈夫だから。おとなしくしていよう。」
ね、と首を傾けた。秋桜は俯いて、何も言わなくなった。
「そうだ、信親はいい子だ。本当にいい子だ。」
繁親は引き戸をゆっくりしめはじめる。褒めているのに、馬鹿にされているような、そんな言い方だった。
「それは勘違いだ。」
小さく放たれた呟きは、秋桜だけがこっそり拾った。
ぱしん。
かちゃり。
外から鍵ををかけられた。
家の中は静かで、雨の音だけが聞こえる。そして昼間なのに暗い。この建物には窓がないのだ。隙間から漏れてくるかすかな明かりだけが頼りのようで、心許ない。
秋桜の手を取る。
「ねえ、あき。僕のために、怒ってくれたの。」
秋桜は顔を上げる。
「なんでお前ばっかりこんな目に合うんだよ!」
泣きそうな顔だった。
「どうしたの、あき。」
「くやしい、くやしいんだ、俺は多分。」
パソコンなのに、とは言わなかった。
「ありがとう、あき。」
秋桜の顔がさらに歪む。本当に、その硝子の瞳から涙が落ちてくるのではないかと思った。
二人はなすすべもなく、ただずっと曇った顔で見つめ合っていた。