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学校に着くと同時に上がった雨が、また降りだした。世界の透明度をささやかに下げる小雨は、誰かがさめざめと泣いているように思えた。見ている方が辛くなるような、もの悲しい雨。
教室には雨の音は届いてこない。黒板がチョークを削る音と、紙をめくる音が聞こえる。
窓の向こうをしばらく眺めていると、見覚えのある車が、校門の横に停まった。真っ黒なスーツを着た男が三人、降りてくる。
やがて、どかどかと、足音が近づいてきた。
自分に関係があることだ、とほぼ確信しながら、どうか他人事であってほしいと願わずにはいられない。
「信親様!」
――がらがら
信親は、ああ、と声にならない息をついて肩を落とす。
教室の前方のドアが勢いよく開かれる。先ほど窓から見ていた、真っ黒なスーツを着た男のうち二人が、叫ぶようにして信親を呼んだ。廊下を見ればさらにあと一人、走って別の教室に向かっていく者がいる。あっちはあきかな、と信親は嫌に冷静な頭で考えた。
教師も生徒たちも驚いて凍りついてしまい、教室には沈黙が下りる。信親は机のわきにかかっているカバンに机の者をポイポイと放り込んで席を立った。
「お騒がせして申し訳ありません。繁親様が倒れたそうで!」
「!」
それは、思ってもみない理由だった。驚いて言葉を失っていると、再び廊下から騒がしい足音が聞こえてきた。教室の入り口をふさいでいる、二人のスーツの男の間から、秋桜が顔を出す。
「はやく!のぶ!いくぞ!」
秋桜の声で我に返り、慌てて信親も教室を飛び出した。廊下を走り、階段を駆け下りて、つっかけるようにして靴を履き替え、傘も差さずに校庭に出ると、教室の窓から、たくさんの生徒たちがこっちを見ていた。
――無理もない。
校門のすぐ側には黒塗りのリムジンが横付けされている。気恥ずかしい気もするが、構っていられない。男たちが後部座席のドアを開けた。転がるように車に飛び乗ると、車体はギュン、と急発進した。
「あれ?秘書さん?」
肩で息を切らしていた信親が顔を上げると、そこには凛とした女性がちょこんと座っていた。いつも繁親の側にいる秘書だ。会社の人間を家に入れたがらない繁親が、唯一往来を許可している者でもある。果物のような名前だった気がするが、信親は彼女の名前を覚えていない。
果たして、繁親の側にはいなくてもいいのだろうか。
「お二人をお迎えに上がるように言われましたので。」
自分の心を読み取られたかと思った。思わず両手で口をふさぐ。彼女が首を傾げたのを見て、信親は口元から手を放し、ひきつった笑顔を浮かべた。
秋桜が、車の窓に張り付いている。スモークの貼られた窓からは灰色の街並みがびゅんびゅん後ろに吹き飛んでいくのが見えた。
「病院に行くんじゃないのか?」
「いえ、おうちにおられます。」
「医者を呼んだのか。」
彼女は肯定もしなかったし、否定もしなかった。
秋桜は、おかしい、と思っていたが、信親はこの事態を露ほども疑っている様子はなかった。
ゆっくりスピードが落ちていく。車は、発進する時とは対照的に緩やかに止まった。もともと二人は歩いて通っている距離のため、車で移動すれば学校と家の間はあっという間なのだ。
車が完全に停止するのとほぼ同時に、ドアが開いた。信親が転がり落ちるように飛び出る。