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九月十日(木)



窓の向こうには、秋が駆け足でやってきている。少年は、教室の一番後ろの窓際の席で頬杖をつきながら、風に揺れる花をぼうっと見ていた。自分と同じ名前のそれは、ひょろひょろした体で風に翻弄されながらも、決して折れない。校庭の隅で、誰の目にも止まることなくふわふわと首を振っている。少し前まで元気な太陽の子分たちが、親分にあわせてぐるぐる頭を振り回していたのになぁ、と回顧した。
誰もいない放課後の教室は、ゆったりとした静寂を抱いて眠っているようだった。遠くから聞こえる部活動の喧騒もお構いなし。だんだんと鋭くなってくる西日も、その眠りを妨げることはできない。彼は、何をするでもなく、がらんどうの教室とただその静寂を共有している。
まどろみを共有しようと、それは無音で寄り添ってくるが、一緒に眠ってしまうつもりはない。

ぺたん、ぺたん。

遠くから、誰かがやってくるのだ、と分かった。白く、冷たい、つるつるの廊下の表面を遠慮なく叩くゴムの音が聞こえてくる。規則的な音が、徐々に近くなる。

ぺたん、ぺたん。

そして、止まった。
少年は、窓を見ていた目を、教室の前方のドアに向ける。
あのすぐ向こうで誰かが止まったことを確信していた。

――破れる。

がらがらがらがら。

彼の察したとおり、教室が抱いていた静寂は壊れた。開かれたドアの向こう、彼の目線の先には髪の長い少女が立っている。少年と目があった途端に、ぱあっと表情が明るくなり、こちらに狙いを定めた。
「信親(のぶちか)くん。やっと見つけたよーっ!」
 少女はA4版ほどの大きさのわら半紙を左手で振り上げて揺らしながら、器用に机の合間を縫ってやってくる。
少年は、少女の間違いを指摘しない。彼女に非はない。今、彼が座っているのは、確かに信親の席に違いないからである。
少女は、少年の隣に立つと、両手で紙を持ち直し、差し出した。
「これ、文化祭のクラス企画の一次案です。」
 少年は、少女を見上げる。差し出された紙には一瞥もくれないで、少女と目を合わせると、優しくにこりと笑った。
「残念だけど、ハズレだよ。のぶなら、生徒会室にいると思うけど。」
 少女は、肩を大きく揺らして、え、と声を詰まらせた。鳩が豆鉄砲を食らった顔、とはこういう顔のことだろうか、と少年は思う。
「それじゃあ、……秋桜(あきお)くん?どうして信親くんの席に座ってるの。そうでなくってもあなたたちって紛らわしいのに。」
 少女は合点がいって、勢いづく。秋桜はそれは悪かった、と眉をひそめて申し訳なさそうな態度を示して見せた。まぁ、いいわよ、と少女はそっぽを向く。
「私、生徒会室に行ってみるね。」
「うん。もしも見つからなかったら、またここに来てよ。のぶのこと、一緒に探すから。」
秋桜は、首を傾けて微笑んだ。少女はかすかに耳を赤く染めて頷くと、さっと身をひるがえして足早に教室を出て行った。代わりに、教室にはまた静かな時間が訪れる。
秋の夜は強い。あっという間に昼を打ち負かすと、太陽を追い払って世界を真っ黒に塗り潰していく。山のてっぺんには燃えかすのように、ほんのり赤が残っていた。
秋桜はブレザーの内ポケットから、黒色のスマートフォンを取り出す。夜がここまでやってきたかと思った、黒い画面に、覇気の無い自分自身の顔が映り込んだ。側面についている、電源ボタンを押す。まもなく十八時。時間を確認して、もう一度電源ボタンを押す。内ポケットに戻そうとすると、そこに収まることが不満だとでも言うように、ぶるぶる震えだした。何事かと思って目をやると、着信画面になっている。

作品名:Delete 作家名:姫咲希乃