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九月十四日(月)
週の初めから、雨だ。窓を叩く雨粒の音と、カーテンの隙間から差し込むぼやけた光で、そう感じた。起きて早々にどんよりした気持ちになりつつも、信親はカーテンを開ける雨は思っていたよりは強くなさそうだ。ガラス一枚挟んだだけの、向こうの世界には霞がかかっているように見えた。
学習机と対の椅子でスリープしている秋桜の側によって、肩を叩く。
「あき、朝だよ。起きて。」
静かだった部屋に、秋桜の起動音が響く。
きぃぃぃぃぃん。
ぐったりと丸まっていた背中に力が入り、むくり、と起き上がった。姿勢が定まると目が開き、首を何度か横に振って、信親をとらえた。いつもの仕草だ。
「おはよう、あき。」
「ああ。おはよ。」
「今日さぁ、雨なんだよ。学校行くのいやになるね。」
「のぶは、雨の日はいつもそうだな。」
信親はそうだっけ、と首を傾げてから、気圧のせいだよ、とそれっぽいことを言って、着替えを始めた。ハンガーからシャツを掴む。
いつもは、家でも制服のままの秋桜も、昨日私服で出かけたからか、寝巻を着ていた。信親が着替えるのを見て、秋桜もゆっくり着替えを始める。
「母さんたち帰ってきちゃったんだもんね。」
残念そうに、信親が言った。平穏な日々はあっという間に去ってしまった。
ベルトをしめながら、秋桜が相槌を打つ。
「朝ご飯がまずくなるな。」
二人は顔を合わせて笑った。いつ、秋桜がこの表現を使い始めたか定かではない。食事の味もわからない秋桜が言い始めたのが、信親にとってはとても面白かった。面白い、と褒められたことに味を占めたのか、秋桜は今でもたまにこんなことを言う。秋桜のおかげで、ご飯がまずくなるような出来事も、笑い飛ばしてしまえる。
着替え終ると荷物をもって、一階に降りた。朝食の準備はできていた。グラスとお茶を持った冬美が、ダイニングテーブルの前に立っている。
「おはよう、信親、秋桜。」
「おはよう母さん。」
「おはよう。父さんは?」
「昨日、帰ってないの。出張の後のこと、大変みたいよ。」
そうなんだ、と信親はなんでもなさそうに相槌を打って、椅子を引いて席に着いた。父親のそれが、いずれ自分にも訪れる未来なのだとは思いたくない。秋桜が、冬美と信親のグラスにお茶を注いでくれる。信親は短く礼を言って、秋桜が微笑み返した。
「秋桜の分は、お弁当しか作ってないわ。」
「ああ、いいよ。ありがとう。」
冬美が、ダイニングテーブルの真ん中に二人分の弁当を置いた。それから、席に着いたところで、信親は箸を手に取り、手を合わせた。
「いただきます。」
「いただきます。」
天気が悪いことだけを除けば、その一日はいつもと何ら変わることなく始まったように思えた。