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「おかえりなさいませ、秋桜様。」
黒いセダンから降ろされたところで、警備員が近寄ってきて、頭を下げた。自分が給料を出しているわけではないのにな、と思う。
「ただいま。」
 正門をくぐると、庭の端に見知った顔が集まっていた。ジャージ姿の三人の高校生に囲まれた奈津子が、秋桜の姿に気づいて、手を振った。
「秋桜さん。」
奈津子の取り巻きは、その声に一斉に振り返り、秋桜に注目した。それから、秋桜の方へ向かってくる。夕日の中を、ジャージで歩いているというのは、青春ドラマの様で、とても高校生らしいな、なんてことを他人事のように考える。
「秋桜君、もう、いいの?」
「ああ。この通り。」
そっか、と少女が笑った。クラスの委員長をしている女の子だ。
「週末の課題と昨日のプリント持ってきたよ。」
眼鏡の男が、紙袋を差し出した。覗き込めば、四、五枚のわら半紙が入っている。
「ありがとう。」
笑顔で、受け取る。
「昨日のノートもいる?」
隣の席の女の子だった。言いづらそうにもじもじしながら、四冊のノートが差し出される。秋桜は、少し考えた。昨日、学校へ行ったのだから、必要はない。
「うん、借りるね。ありがとう。」
 こういう時は黙って受け取った方がいい、という信親の言葉を思い出す。
「秋桜さん。」
少し離れたところから、奈津子の楽しそうな声が聞こえた。秋桜は、はい、と返事をして、友人たちの頭の間から奈津子をとらえる。
「私、夕食の用意がありますから、戻ります。用が済んだら、お部屋に。」
「分かりました。お願いします。」
秋桜は深く腰を折った。奈津子はホースと軍手を手にして、そのまま勝手口のある方へ行ってしまう。遠くなる背中をぼうっと眺めていると、とんとん、と二度肩を叩かれた。
「お手伝いさんに頭を下げるなんて、謙き」
「違うよ。」
射るように、言った。
「あの人は、お手伝いさんとは、違うんだ。」
 ノートを貸してくれた女の子は、ふにゃりと眉を下げて、気まずそうに秋桜の肩からその手を外した。
「ごめんね。」
「謝ることはないよ。」
秋桜は、分からない。近頃はすっかり、分からないことの方が多くなったような気がする。
奈津子を“お手伝いさん”と呼ばないでほしいと思った、このことにも、何か名前はあるのだろうか。

作品名:Delete 作家名:姫咲希乃