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キィーン
ジー
機械の稼働するかすかな音が部屋を満たしていた。あとは、ペンが紙の上を駆け抜ける音と、紙がめくられる音と、パソコンのキーボードが叩かれる音がする。
静かだ。
それから、暗い。
部屋の壁を覆うように設置されている十数台のコンピュータに囲まれて、ディスプレイの明かりだけが部屋の光源になっている。
テレビドラマで、医者が手術をする時の再現を見たとき、これは自分だ、と思った。
この部屋の真ん中には、台が置かれている。大人が一人、余裕をもって横になれる広さで、床からの高さは八十センチほどだろうか。金属製で、布やマットレス等々はない。つやつやの銀色の上に直接秋桜は横になって、腹の“皮膚”を剥がされ、たくさんの線をつながれる。太さも色もまちまちの線はあちらこちらに伸びていて、秋桜自身もそれぞれが何の役割を果たしているのか完全に把握できていない。秋桜の人格を作り、コントロールしている部分と、秋桜自体を動かすための主要部分は別だ、と聞いた。自分は所詮作り物で、自分は自分の物ではないということなのだろう、と信親に言ったことがあった。
「そんなの、僕だって一緒だよ。心臓と心は別物だしさ。」
さらに厄介なことに、と信親は笑っていた。
「頭も、勝手なことするんだよ。」
よく、分からない。
自分のことも、人間のことも。
ただ、一緒、と聞いてよかったように思う。
秋桜の側では、白衣を着た研究員が三人、それぞれの作業を続けていた。メインコンピュータのキーボードを恐ろしい速さでひたすら叩いているものと、秋桜とほかのコンピュータをつなぐコードを取ったりつけたりしている者と、資料をめくっている者。おそらく共同作業であるはずだが、一様に無口で、どうやって意思の疎通を図っているのかわからない。秋桜にとっては見知った顔だが、名も知らない。
この部屋の中では、秋桜はただのパソコンだった。技術者にとって、秋桜は城崎のお坊ちゃまではないようで、その扱いがちょうどよい心地がする。
秋桜は、もしも、と思う。
――もしも、
そして、やめた。この思考が秋桜の意思に関係なく、あのコードのどれかを伝って漏れ出すかもしれない。しかし、秋桜はそれもいいかもしれない、と思う。
人と触れたら、相手の気持ちが漏れてくればいいのに。共有できればいいのに。もっと信親に寄り添うことができればいいのに。
たとえ、それさえも作り物であったとしても。