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「先生、完成ですか。」
長い髪をおろした女性が、何でもない事のように聞いた。テレビ番組の料理の助手だって、もうちょっと感動を煽る聞き方をするというのに。
「ああ、橋本さん。何とも言えないなぁ、実装してみないと、部品だけじゃ、ちょっと。」
中年の男は、困っているのか笑っているのか曖昧な顔をして、曖昧な物言いをした。パソコンのモニターが部屋の壁に沿っていくつも並んでいる。男は白衣のポケットに両手を突っ込んで、部屋の中央に置かれた、金属の塊を見つめていた。
「先生は、一体、何を作っているんですか。知っていますよ。これはうちの商品とは関係ないでしょう。先生、何か交換条件を付けて、会社で何か研究してるって。」
男は、曖昧な笑みをすうっと消すと、二歩歩み出て、橋本の顔を覗き込む。
「みんなが、知っているのですか。」
地を這うような低い声に、橋本はぶるりと体を震わせて、ぶんぶんと首を振った。蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かったような気がする。
「君は、僕の、数少ない優秀な部下ですよ、ね?」
「はい。」
満足そうに頷くと、男は先ほどまでじっと見ていた小さな金属の塊を手のひらの上に乗せた。橋本の目の前に差し出す。
「特別に、見せてあげましょうか。」
橋本の手を持ち上げて、手のひらから手のひらへ渡した。爆発するのではなかろうかと冷や汗をかきながら、橋本はおそるおそる顔を近づけた。これは、もしかすると、彼のノウハウを学ぶチャンスかもしれない。
ただの鉄の塊ではなさそうだ。思ったより軽い。天窓のようなものがついていたので、爪をひっかけて開けてみた。回路だ。電子回路が見える。それから……
「そこまで。」
男は愉快そうに、それを取り上げた。橋本は、名残惜しそうに男の手元を目線で追う。
「橋本さんは、前、重いって言って彼に振られたんだって言ってましたよね?」
一体、突然何の話を持ち出すのかと拍子抜けして、とりあえず頷く。もう半年も前のことだったろうか。橋本は、交際していた男に一方的に振られ、別れることになった。理由は、重い、ということだった。そうだ、そんなこともあった。当時は深く傷ついて落ち込んでいたが、半年も経てばこんなものかと自分自身に感心してしまいそうになる。
男が、思案する橋本の手を再び取った。されるがままに手のひらを差し出す。あの金属がもう一度乗せられる。
「でもね、重い、ってせいぜいこのくらいですよ。」
男は、首を傾けて微笑んだ。
「え。」
「例え話です。」
難しいです、と素直に橋本は口にする。珍しく、男は声を上げて笑った。あのときみたいだな。橋本は思い出す。
「実装って言ってましたけど、何に取り付けるものなんですか。」
「そう、その本体、入手経路を交渉中なんですよ。うまくいけばいいんですけどね。」
橋本は、部屋の中央の台座の上に、そっとそれを戻した。
半年前の彼を忘れられたのは、あなたが笑い飛ばしてくれたからですよ、とは言わないでおく。


作品名:Delete 作家名:姫咲希乃