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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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どうってことないさ・・ (2)

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だが、

ビジネス・パートナーに、現金を根こそぎ持ち逃げされた。

生活は、たちまちのうちに苦しくなり、
素直に育った子供の前途まで閉ざしてしまった・・

元々心臓に問題を抱えていた彼女は、
大きなストレスを抱え、
精神的に追い詰められた、まともな思考が出来ない程に・・

彼女は、生まれ故郷の近くで、死に場所を探して彷徨っていた・・

バスから降りて、その場にずっと立ち尽くす彼女を、
俺は、遠くから見ていた。
そして、
何故か気になり、声を掛けた。

口は笑っている・・が、目は虚ろ・・

「姉さん、ヤクチュウかい・・?」
彼女、ゆっくり振り向いて、
「・・ああ、そう見える?」
「・・見えるんじゃなくて、そのものだ・・」

暫く二人見つめ合って・・、そして、彼女は、笑顔になった。

「あなた、この国の人じゃないでしょ?」
「どうして分かる?」
「すぐに分かるわよ、そんな発音じゃあね・・」
「その代わり、日本語は得意だぞ・・これも少し訛ってるけど・・」

それが、俺たちの出遭いだった。

事情を聞いた。
そして、
彼女の為にと、知り合いに頼んで、
当面の資金援助をして貰った。

真面目な彼女は、
働きながら公認会計士の資格を得る為に学校に通った。
クラスメイトは、みんな子供よりも若い。
そんな中で頑張り、
会計士の資格を取った。

精神的にも随分安定したが、
持病の心臓が、ずっとおもわしくない・・

だが、
俺の持ち込んだ問題に、
そんな自分の身体の事なんかおくびにも出さず、
不眠不休で船具屋の悪行を暴き出そうと・・

時には、役所の係官を恫喝まがいの事までして・・
遣り切った。

その安堵感で、
彼女は倒れ、病院に運ばれた。
其処で数日治療を受け、
医者の止めるのを振り切り、

「あと少し、遣らねばならない・・。その後、もう一回先生のお世話になりますから・・」 と
病院を出て、すぐに俺に連絡してくれた。

「全て準備は出来たわよ。思い切り傷めつけてやろうよ。」
「ありがとう・・首を長くして待っていたよ、その言葉・・」

と応えた俺は後悔した・・

もう少し待ってりゃ良かった・・
あんたの事情も知らず、気の短い俺は、

待ち切れず、
一人捕まえて監禁し、

暗闇だから分からないだろうと、
二人ほど病院送りにしちまった・・






   それでも 生きて 良かった


その昔、フィリピンは、マルコスという男が大統領として長年独裁体制を布いていた。
その妻のイメルダも金を湯水の如く使い、一部の国民を除いて、大方は、この政権に陰口を敲きながら耐えていた。

リチャード・R・バルナン

彼は、ルソン島南部の貧しい農家の二男として生まれた。
そして、
家族が生きて行く為に、小学校二年で学業を断念せざるを得ず、
以後家業の漁と、僅かな野菜作りを手伝った。

人間ってどうして・・
こんなにも生まれながらに貧富の差が有るの?
どうして一生懸命働いても、暮らしが良くならないの?

舟に乗っていても、
畑でナスやオクラを採っていても、
彼は、単純にそんな思いを消すことが出来なかった・・

そんな日々を送りながら、
耳に入る僅かな大人たちの言葉を繋ぎあわせ、
どうやら、これは、
政治のあり方が・・良くないのでは?
だから、真面目に働く人に希望が湧いて来ないのでは?
と 考え、やがて体制に不満を持つ様になった。

思いは募り、
彼が、二十二歳の時、
家族に黙って家を出た、
遠くから聞こえて来る、理想社会構築を目的として戦うグループに加わる為に・・。

彼は、舟の櫓や畑を耕す鍬の代わりに銃を持った。

大小1,700を超える島国で、
それぞれ連絡を取りながら、
ゲリラ活動の日々が続く。
だが、

国を変えたいという思いは同じでも、
どの様に変えて行くのかという、重要な部分でグループの考えは大きく違った。
悩みを抱きながらも、

彼は、戦い続けた。

数年後、
理想と現実の狭間で悩む彼の目に飛び込んで来たもの・・

田舎の酒場で、
酒や女に現を抜かす上官たちの群れ。
それは、夢も希望も無い無頼漢たちの傍若無人な姿だった。

彼は、その日に銃を捨てた。

舟を乗継ぎ、車を乗継ぎ、
気付けばルソン島の北の端。

其処で、漁を手伝い始め、
やがて想いを寄せる女性と家庭を持った。

子供も出来た。
年を重ねて、孫も出来た。

町角で、家計を助ける為に細々と続ける煙草売りをしながら、彼は考える。

「わしの生きて来た道は、何だったのか・・?」 と
「理想に燃えて、銃を持って世の中を変えようとして来たが、残ったのは、肩甲骨の上に彫られた勇者の証の入れ墨だけ・・」

暮らしは、変わってはいない・・

だが、良いのかも
これで良いのかも知れない・・何もしない人生より・・
良かった と言える。

もし、あのまま生まれ故郷に居たならば、
不平不満の毎日が、今も続いているだろう。
想い通り生きて来たから、
今、
小さな幸せに感謝出来るのかも・・ まあ、負け惜しみだがな・・

・・・

俺は、チャイリンの旦那の一件が片付いた後、
彼の家族を食事に招待した。
そして、
食事を終えて、帰り際、俺は立ち上がり、

「salamat po Sir!(ありがとうございます)」 と
直立不動で言い、その後、深く頭を下げた。
彼は、
杖を頼りに立ち上がり、
その杖を隣の孫娘に渡し、

精一杯姿勢を正して敬礼の真似事をして返した。
そして、
見送る俺を後に、
支配人の挨拶を受ける彼の顔は、
その昔、一個部隊を率いて島を飛び回って居た時を彷彿とさせるものだった。






   この国って、嫌だけど 何故か 好き(完)


ゴーゴーと唸るエアコンの音、
その所為で、窓の外の相も変わらぬ喧騒は聞こえない。

俺は、
この狭っ苦しい部屋で、
シンディーからの連絡を一週間近くも待った。

「待たせたわね。全て整ったわよ。明日、弁護士二人とそちらの町へ行くよ。」
「ああ、・・」
「・・どうしたの?」
「・・いや、そっちが上手く運んでいないのかと思って・・」
「何か遣ったの?・・まさか、あんた・・・。一人で勝手な真似はしないで!」
「もう遅い。・・二人ほど病院に送った。その前に、一人・・こいつは元気だ。捕まえてるだけだ。」
「・・馬鹿だねぇ、やっぱり・・。まあ、そのあたりも上手くやるから、兎に角待ってて・・」

弁護士と共に町に来たシンディーは、次々と役所を廻り、
裁判所からの船具屋に対する調査許可証を見せながら、
不法を暴く手筈を整えた。
そして、
その足で船具屋に・・

シンディーは、過去に船具屋が仕入れた船外機の殆どに正規の税金が払われていない事を付きとめていた。
そして、
港の税関の役人との癒着も・・(税関の役人は、突き詰めればトップまで犯罪者として挙げられるが、適当な処で手を打っていた。)

「流石だな・・」
「あんたの様に、腕っぷしに頼らなくても・・」
方法は、有るのよ。
たまには頭も使いなさいよと・・

船具屋の馬鹿息子の親父は、彼らが町に来た二日後に拘束された。
もう、当分娑婆には出れないだろう・・

俺は、弁護士に言った。