どうってことないさ・・ (2)
俺は、爺さんの売る煙草を買っていた。
だが、
ある日から、爺さんの姿が町の通りから消えた。
俺は、暇にかまけて爺さんの家を訪ねた。
そして其処で、
病気になった孫娘の薬代を払って、商売の煙草を仕入れる事の出来ない彼に会った。
「家族の元気が一番さ・・」 と
静かに笑う爺さん・・
俺は、
翌日、一通り商売の出来るだけの煙草を仕入れ、
爺さんに渡した
『爺さんの煙草が買いたいんだよ・・』
そう言っただけで、俺は帰った。
「・・・・」
「・・歳、喰ったなあ、爺さん。何を話しているのか、俺には分からないよ・・」
「・・・」
声にならない言葉を、家族が俺に伝えた・・
「ありがとう、だって・・。あの時、助けてくれて、ありがとう・・」
「・・ちっぽけな事、何時までも覚えてるんじゃないよ・・」
「・・・・変わっていないな・・昔と同じだ・・、格好付けたその言い方は・・」
俺たちは、同じ懐かしさを蘇らせながら笑った。
数日後の夜、
俺は、マージーたちに会う為に繁華街に行った。
そして、
俺は、其処で孫娘と並んで座り、
煙草とキャンディーを売っている爺さんを見た・・
「役に立ちたいんだって・・・」
「例え少しでも・・ユウジの手助けをしたいと言って、杖を頼りに、一人で歩いて来たの・・」
「何か耳に入ったら・・必ず、私が伝えるから・・」
訳の分からない声を通訳の孫娘が次々と・・
「ありがとうよ・・爺さん・・」
あんなちっぽけな事を、何時までも恩に感じて、
動けない身体を引き摺って・・俺の・・こんな俺の為にと・・
後は言葉にならなかった・・
俺は、急いでその場を離れた・・
言っちゃ悪いが、
爺さんが其処で集める悪や船具屋の情報なんて、俺はとっくに知っている。
だが、
嬉しかった・・その意気が・・とても嬉しくて・・
そう云えば
あの船具屋には、
あんたの息子もかつて手酷い目に遭わされた事が・・
その事も手伝って、
あんた、動けない身体を此処まで運んだんだな。
よし、爺さん、約束するよ。
最後は・・上手く行った後の閉めは、
必ず、爺さんの目の前で・・
この国って、嫌だけど 何故か 好き(6)
人には、それぞれ神から授かった天性の才能が有る。
この田舎町の飲み屋で働き始めたマージーたちを観ていると、
一体どうすれば、たちまちのうちに客の心を奪えるのだろう・・と。
これが天性のものでなくて何だろう・・
三人とも、
既に三十半ばを過ぎているというのに、
男たちは、
まるで十九や二十歳の女性に纏わりつくような格好で・・
お陰で、
チャイリンの旦那に因縁を付け、
船具屋の馬鹿息子と結託して、
彼を罪人に仕立て上げた奴等の名前と、事の経緯が全て分かった。
この悪のグループのリーダーは、船具屋の用心棒をして、小金をせしめていた。
必然的に、
チャイリンの旦那とのいざこざも、船具屋の耳に入る・・
「それはおもしろい・・。俺が、お前達の溜飲が下がる様にしてやる。」
と、
話を聞いた馬鹿息子は、事件を彼らの都合の良い様にねつ造して、
お抱えの弁護士を通じて、
チャイリンの旦那を障害・器物破損の犯罪者として訴えを出した。
やはり、思った通りだ。
祭の日、
その場に居合わせた人数は六人。その中で、腕に覚えのある一人が、チャイリンの旦那に喧嘩を売った。
だが、売られた方は、元プロボクサー・・
喧嘩などする気の全く無いチャイリンの旦那は、
悪のパンチをヒョイヒョイと悉くかわした。
悪は、一人で暴れ、勝手に店先の柱を叩き、勢い余って店のテーブルや椅子を壊した。
「リーダーは、ドンドンというチンピラだよ。粋がってるけど、あんなの私でもやっつけられるよ。」
と、威勢の良いリンダ。
俺は、グループで一番気の弱そうな奴の名を聞いた。
そして、
彼女達に礼を言い、
「もう十分だ。マニラへ帰って、元の生活に戻ってくれ。」
と・・
だが、
「あんた、これから面白くなるのに、はいはいと二つ返事で帰る私達だと思ってるの? 事の結末を見届けるまでは、梃子でも動かないよ。」 と
そして、
「私達も、今まで嫌な事を我慢して、事件の事を調べたんだよ。何か一つくらい、スカッとして帰りたいよ。」 などと
それぞれに、俺がゾッとする様な不敵な笑いを浮かべる。
「・・仕方ない。じゃあ・・」 と
その日の夜中、
俺は、グループで一番気弱な男を三人の前に引っ張って来た。
「こいつを、暫く監視してくれないか? そして、あの時の様子をもう一度話させて、録音出来れば最高なんだけど・・」
俄然張り切る三人の姐御たち・・
俺たちは、その足で、
奴を小突きながら、かつて俺が暮らしていた村に向かった。
・・
「お兄ちゃん・・!」
「・・チャイリン! ・・お前、・・どうして此処に・・」
「バカッ! ・・黙って居なくなるからよ! ・・・きっと・・きっとこんな事だろうと、心配して・・此処に来たけど・・」
「ああ・・。だが、お前、早く旦那の近くに帰れ。俺の事は心配ないから・・」
「サム(チャイリンの旦那)も、お兄ちゃんは間違いなく此処に来る筈だから、お兄ちゃんが妙な事を仕出かす前に連れ戻せって・・」
「・・何も妙な事などしていないさ。」
俺は、一連の行動をチャイリンや集まって来た村の人達に話した。そして、
「もう少しで、解決するから・・する筈だから・・」
この捉えて来た奴を数日監禁してくれと、頼んだ。
「乗り掛かった舟だ。船具屋にはみんな、恨みこそあれ恩も義理も感じちゃいない。・・任せろ、ユウジ。その三人の娘さんたちの事も、村で面倒見る。」
(いくら暗闇でも、娘さんはないだろう・・)
村のリーダーのきっぱりとした言葉に、
俺は黙って頭を下げた。
そして、
ガタガタと音を立てて震えている悪の仲間を尻目に見ながら、
俺は、町に引き返した・・
ある 人生(2)
パシッグを流れる川の近く。
何処にでもある家並みの中、
会計士のシンディーは住む。
二人の娘、実の弟、そして彼女の母親 の五人家族。
二人の子供の父親は違う。
次女の父親は、船員。
今は、ヨーロッパの或る国を起点として働き、
家に帰ることは、金輪際ない・・
つまり、籍は有るけれど・・ 二人の結婚生活は、既に破綻をきたしている。
そして、長女の父親は・・ 名前さえ分からない・・
大学卒業後、
ある大手の会社で働き始めた彼女は、
帰り道、
複数の男に辱められた・・
数か月後、彼女は、身体の異常に気付いた。
この国では、堕胎は罪。
だが、母親は、秘密裏の堕胎を勧める。
彼女は、悩んだ・・ そして、
彼女は、お腹の子を産む事を選んだ
『この子の父親は、卑劣で血も涙もない暴漢の一人。だけど、同時に私の子でもある・・。この子が・・、この子の全てが私そっくりで生まれ、私そっくりに真っ直ぐに育つ事を祈りながら・・』
前途安泰な会社を辞め、
子育ての時間を確保する為、自分で書籍輸入販売の商売を始めた。
仕事は順調で、彼女は、子育てと共にバリバリ働いた。
その中で、好き合う人も現れ、
結婚して、二人目の子を授かった。
作品名:どうってことないさ・・ (2) 作家名:荏田みつぎ