どうってことないさ・・ (2)
それに、
お前の尻に敷かれる心配も無い。
そして、
俺たちが、この世から消えても、
ずっと何処かで会えるかも知れない・・
そんなにも良い関係なんだぞ。
だが、
そんなにも良い関係のチャイリンが泣いている、心細さに震えている・・
そんな事を考えながら、
俺は、オルティガス駅近くのメガ・モールに着いた。
公認会計士のシンディーは、既に俺を待っていた。
そして、彼女の脇には、オンブズマンとして活動している弁護士が・・
「あなたの友人が、無実の罪で囚われた事情は分かったけど・・」
裁判で無実を証明すれば・・ と至極当たり前の言葉を吐く弁護士。
「ああ、その通りさ、・・この国が不正など一切認めない、一流の法治国家であればな・・」
「・・・」
「あんたもよく分かっているだろ、この国の事・・?」
「・・・」
俺は、チャイリンの旦那の件とは別に、もう一つオンブズマンが飛びつきそうな一件を話した。
彼の表情が、やや変わって来た。
「それは、間違いない情報か?」
「まず間違いない。・・・が、俺とシンディーでもう一度チェックするつもりだ・・」
だから、
手助けをして欲しいと、必死に頼んだ。
彼は、例え僅かでもオンブズマンとしての仕事に関われるのなら、
「あなたの友人の件も、手助けをする。」 と。
幾ら正義を表看板にしていても、
人間、自分のステータスをより上げる可能性には目ざとい。
まして、この国の奴だもの・・
弁護士が帰った後、
シンディーが言った。
「これで、あなたに恩返しが出来る。・・私は、すぐにあの町の船具屋の経営状態など全て調べて、必ず不正を探し出して見せるわ。」
情けは人の為ならず、とはよく言ったものだ・・
書籍の輸入販売を手広くやっていた彼女は、
ビジネスパートナーに騙されて、無一文になった。
あと一年で薬剤師の資格試験が受けられる、彼女の長女は学業を断念しなければならない。
それどころか、
借金の返済、日々の暮らし・・と降って湧いた問題に為す術を見い出せず、
死に場所を求めて彷徨っていた田舎で、俺と出会った。
俺は、彼女をいかれ野郎に引き合わせた。
いかれ野郎は、優男に金を都合させ、
彼女は、事なきを得た・・
「大船に乗ったつもりで任せなさいよ。」
マージーたちといい、この会計士といい、
俺は、無形の宝物を、気付かぬうちに頂いていたんだな・・
この国って、嫌だけど 何故か 好き(4)
子供の頭で俺は、計画を何度も何度も繰り返した。
二十歳になって二日後、
パスポートの申請をして、
同時に、マニラ行きの飛行機を予約した。
チケット代を払うと、残りの金は幾らも無かったが、
いいさ、別に観光目的じゃない・・
あの国は、南の島が賑やかそうだから、
何とか其処まで辿り着き、
何かの目的で殺し合いをしているグループの中で、
例え一日でも良いから、
思い切り暴れて遣る・・
あの国の奴らが、何をどの様に考えて賑やかなのかなんて、今の俺には全く関係ないさ・・
そして、その後は、
どうせこの世に要らない俺なんか、どうなっても構うもんか。
だが、
その前に、
この国を出る前に・・
一人だけ・・ たった一人だけど・・
どうしても許せない奴が居る。
「外国へ行く・・だと?」
「そう・・。もう帰る気はないから・・」
「・・何時の間に、そんな贅沢が出来る様な金を貯めたんだ・・?」
「・・(口を開けば金の話かよ)・・」
「そんな金が有るん・・」
「もう決めた事だ。世話になったな!」
と、詰め寄る俺に、
「何だ、その口の効き方は!」 と・・
俺は、構わず奴の胸倉を掴んで、思いっきり俺の方に引き寄せた。
あっけない程、簡単に奴は半分宙吊り状態になった・・
俺は、それまでの思いすべてを、
奴を掴んだ右腕に込めた。
「ぶち殺してやろうか、おっさん!」
当時の俺、胸囲は120cm、
握力は、右76kg、左68kg
バーベルは、36kgを片腕で一気に頭上まで持ち上げる事が出来た。
宙吊りになった奴は、
声さえ出せず、天井を見ながら姥貝ていた・・
10秒・・15秒・・ よく覚えていないが、
何だか、干物の様に吊るされているオジキに対し、
急に殺る気を失った・・
俺は、
奴を放り投げて、後ろも見ずに家を出た・・
あの時の、
夢も希望も無かった事を想えば、
今の問題など、蚊に刺された程でもないさ。
マージーたちは、次々に情報を入れてくれるし、
何よりも、
予想を遥かに超えた働きをするシンディー・・
あの体型どうり、まるで留まる処を知らず、
相手を駆逐して行く豆タンクそのものだ・・
「蛇の道はヘビよ。」
「どう? 全盛期の私が想像出来るでしょ?」
もう40半ばをとっくに過ぎたオバさんが、子供みたいに目を輝かせている・・
彼女は、たちまちのうちに、船具屋の全貌を掴んだ。
「これなら遣れるわ! 悪どいと簡単に一言で済ませられない程の不正の臭いがするわ。」
「一体、どうやって仕入れたんだ、この内容・・?」
「ふっふっふ・・、言ったでしょ、蛇の道はヘビって・・」
御見それしました、姉御・・
さあ、俺も・・
そろそろあの町へ行って、
懐かしい顔を見て、
それなりの挨拶をして周らねば・・
この国って、嫌だけど 何故か 好き(5)
一頻り強く降った雨の後、
一層ムシムシする空気の中なのに、何が楽しくてこんなにも賑やかなのだろう・・
夜陰に紛れて、俺は、ある種の懐かしさと共に田舎町のバスターミナルに降りた。
時計の針は、既に真夜中を指していたが、
それでも最終便に乗った客は、五十人を超えていた。
注意深く辺りに気を配る・・
この町を去って、もう何年にもなるが、
大体にして、運の悪い俺は、
『お前、昔、漁師の真似事をしていたJapaneseじゃないか』
などと、出端を挫かれかねない。
畳三枚ほどの大きさに仕切られた、粗末な宿の部屋で、すぐに着替えをした。
ヨレヨレのTシャツ、薄汚れたジーンズ、ゴム草履、そして元々何色だったのか、見当も付かない程色褪せた野球帽。
そして、十日以上伸びっ放しの髭面。
まあ、これなら良いでしょう・・
屋台で買った、串焼きの鳥を頬張り、
スチール製のコップに満たされたバーボンをチビチビやりながら、
俺は、繁華街をうろついた・・
酔っ払いや、それを相手の女性たちの声
物売りの並ぶ通り・・
其処で、
俺は、ある煙草売りの娘に目を留めた。
かつて、心優しい爺さんの居た場所だ・・
「ウィンストン・・」
「・・はい、火は要るの、お兄さん?」
「ああ・・」
マッチを差し出す彼女・・
その遣り取りのタイミングに、俺は、その爺さんとの遣り取りを感じた。
「昔・・」 と
爺さんとの思い出を話すと、
何と、その娘は、爺さんの孫娘だった・・
「爺さんは、元気かい?」
暫し話した後、急に彼の顔が見たくなり、
俺は、彼女を急かして、
爺さんの処に案内を請うた・・
「・・・◆△・・・!!」
「・・思い出したかい・・生きて会えるなんて思っても見なかったよ、爺さん・・」
この町に居た頃、
作品名:どうってことないさ・・ (2) 作家名:荏田みつぎ