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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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どうってことないさ・・ (1)

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と言いながら、
恐ろしく透明度を失ったコップを差し出し、
それにジュースを注いでくれた。

住民は、十五~六人。
5年前からこの地に入り、
斧、鍬などで開墾をしている。

畑を造り、次に水路を引き、そして、
やっと二枚の小さな田圃が出来た。
「だから、三枚目をこれから造るんだ。」

さあ、あんたも手伝えってか?
それも、今日から次の土曜日まで・・

だと・・?

すぐには計算出来ない・・
日付と共に、曜日まで忘れてしまった。

まあその方がいいか・・

今日から六日
そう思っていれば、
間違いなく釈放される。

だが、着替えが一枚も無い・・





   勘ちがい


一体誰が話したんだ・・

教会の右隣に在るハイスクール。
俺は、
その校庭の草むしり。

今日で八日目、今度は日付も曜日も忘れない。

放課後、手伝ってくれる生徒が徐々に増える。

手伝いの後のスナックが目当てか・・

「カラテ、教えて・・」
俺は、知らないと答えた。

「嘘だ・・聞いてるぞ。」

どうやら、
舟で送ってくれた奴が、酔った勢いでペラペラと・・
それでも
「知らない。」
を押し通した。

本当に知らないんだ。
習った事など無い。

ただ、その道で一廉の知り合いが言った。

「一秒に、五~六の動作で・・・」
これが何故か頭に残っていただけ。
あとは、現場で叩き上げ

そして残ったものと云えば、
何もない・・  
本当に何も無い。

中途半端な奴等から、ある種の目で見られるだけ。

草むしりの手伝いは、一人二人と減って行った。
それでいい、
という思いと合わせて、
例えどんな人でも
一度近付いて去って行くというのは、寂しいものだと・・
心底分かった・・ような気がする。

此処に来て、初めて味わう、
というか・・

生まれて初めて味わう気分だった。

すると・・

俺は、
ずっと一人ぼっちだったのか・・





   対価


太っちょ神父の声は大きい。
彼が笑う時、その声の大きさは三倍になる。

その声が今日はしない。

「隣の村に行ったのよ。」
(じゃあ、今日はゆっくり休めるな・・)

ドン先生が俺を誘った。
「さあ、浜辺に行くよ。」

何時もの様に、大きな体を揺らしながら、
「あんたの馬鹿力を発揮する時だよ。」
(ああ、今日は、網を上げる日だ・・)

浜辺には、既に大勢の人が居た。

みんなで仕掛けておいた網を引く。
何だか分からない掛け声と共に、
ゆっくりと・・少しずつ・・
地引網を手繰り寄せる。

俺の前にチャイリンが割り込んで来た。
(ニヤニヤしないで、網を引け!)

何十人もが引き上げた網だけど、
獲物はそんなに有りゃしない・・

ドン先生は、彼女の手にのると一層小さく見える派手な色の魚を一匹。

俺には、
「ありがとう・・またな・・・」
だけか・・

市民権を得るのは、なかなかじゃない・・

「さあ、ビールを飲むよ。あんた、買って来て・・」
(それだけか・・。ビールを買う金は・・?)

俺か・・・

日常のさりげない会話に、最近新鮮さを感じ始めた。
私の笑顔が変わったと、チャイリンが偉そうに・・

「・・おじさんが、言ってた。」
(笑顔は、笑顔だ・・)

「怒ってる様な笑顔だったって・・」
(元々の顔の所為だ・・)

ドン先生が歌い始めた。
姿かたちに似合わず案外良い声で・・
その声を聴きながら、

「いいね、みんな・・勉強出来て・・・」
チャイリンがポツンと言った。

勉強なんてどうって事はない。

「お前、買い物する時、つり銭を間違えた事ないだろう。」
それで充分だと言う俺に、
「違う。・・勉強すれば、もっと自分に自信が付く。」
(そうかもな・・、お前が自信を付けたら・・怖いものがある)
そう思ったが、

怖くて、口に出せなかった・・





   消えない・・


行き交う人が、
みんな見つめている。

近くの人も、遠くの人も
仕事の手を休めてまで、俺の事を噂しながら
冷笑と共に・・

そんな中を歩いた。

平然を装って、時には挨拶の言葉。

心は憎しみでいっぱいだった。
(見てろ、何時かお前達・・)

俺が一体何をした?
ついに我慢出来ず、俺は憎悪の顔を向けながら無言で問う。

すると奴らは、
何事もなかった様に通り過ぎ、
下を向き、
再び仕事を始める。

振り上げた拳を、何処に落とせばいいんだ・・

何処に落としたって、空しいだけ。
分かってはいても、振り上げずにはいられない。

振り上げたまま、・・やり場のない気持ちの揚まりが溢れ出て、
意味不明のおどろおどろしい叫びで目を覚ます。

またか・・

汗・・・
ギラギラと・・俺の心を映し出すかのように
俺のTシャツを、
そして、換えたばかりのシーツまで

もう破り捨てた筈だ。

国を出る時、
ポケットに納めた、十一人の名を書いたメモ用紙。
やり場のない怒りの度に、
握り締められて、
しわくちゃのヨレヨレになって、もう文字さえ消えかかって・・

殺してやりたいその十一人の名を、
この大きな海に捨てた筈だ。

だが、
まだ俺の身体に残っている。

汚らしい汗だ・・

「遅いよ。おじさんが待ってるよ・・」
(もう少し・・待ってくれ・・・)

「まだなの・・?」
(黙ってろって・・・)

ついに、その気持ちが言葉になって、
何も悪くないチャイリンを泣かせてしまった。

縁の薄い母・・欲しかった妹や姉・・隣のおばさん・・・
俺が欲しいと想うすべての者になってくれる
まだ子供の彼女を、

過去の俺が、
今、泣かした。

「今日は、一人で行くよ・・」

神父は、静かにそう言って山に向かった・・





   心の 故郷


車は二つ目の山を下り、広い水田地帯を走った。

遥か向こうに見える、
三つめの山を越えれば海岸線に出る。

やや過ごし易い季節から、気温37~38度の地獄の様な暑さが始まって、
ぎらつきの一層増した水面や樹々の葉。
ただ居るだけで息苦しい。
そして、噴き出す汗。

だが、それら一つ一つが懐かしい。

車は、ハイ・スクールの前をノロノロ抜けて、
教会を過ぎた処で停まった。

賑やかなエンジン音が止むのを待っていたかの様に、
中から
ドン先生が飛び出して来た。

そして、走る先生を追い越して、
チャイリンが駆け寄る。

「お兄ちゃん・・・」

俺も、
チャイリンも、
もう顔はぐしゃぐしゃに歪んでいる。
こいつの前では、カッコなんか付けられない。

あの時、俺は気付いた。
苦しいのも、悲しいのも、
そして、寂しいのも、俺だけじゃない。

漁師たちと別れた時、
一緒に村を離れたチャイリンも、
俺以上に耐えていたんだ。

そんな彼女に甘えてばっかり・・

此処に居ては駄目だ。
俺は、神父にそれを話した。
「・・・・・」

その翌日、
雑貨屋の車に便乗して、俺は其処から居なくなった。

「何処に行ってたの?」

「何をしていたの?」

この国一番の街に出て、
生きる為に何でもやった。

そして、

自分の弱さ、至らなさを知った。
人の様々な情に出逢った。

話せば尽きない。
だが、
いざ話そうとすると、言葉にならない。