どうってことないさ・・ (1)
「船具屋の息子、両腕両足骨折してるぞ。」
(当たり前だ、奴だけは特に心を込めたんだ)
「使用人の一人は、肋骨2本・・」
(ああ、ちょうどカウンターになっちまって・・)
「あとの一人は、手足一本ずつ・・」
(ほかに潰してやりたい処も有ったんだけど・・)
少しやり過ぎだったか・・ まあ、仕方ないか・・
などと考えながら一日を過ごす。
しかし、
なんでそんなに嬉しそうに話すんだ、村の人たちは?
そこまで考えて、
俺は自分の身体を眺めまわす。
・・・何時頃動けるかな・・・・
最近、ポロン・・ポロンと、
チャイリンのかき鳴らすギターの音が聴こえる。
あの子も戦っているんだな。
それに比べりゃ俺なんてほんの掠り傷だ。
「ナンカ、食べる?・・精がつくよ。」
俺が運び返されてから毎日の様に来る女性が言った。
一応ありがとうと言うけれど、
そんな顔は、ほかの奴の前でしろ。
媚びを売られても、 この身体じゃ無理だろう・・
年に一度の仕事 楽しみ
いつも午前二時、隣のニワトリが鳴く。
刻を告げるんだというけれど、
一体何の刻を告げるんだ、こんな夜更けに?
「・・・兎に角(any way..)、刻を告げるんだ。」
(おっ、言い切ったな、こいつ・・・知りもしないくせに)
まあ、いいか・・・
俺も知らない。
空しいな・・みんな、死んだ様に眠ったままだ。
お前は働いているんだろうが、
鬱陶しいとしか思われない。
だが、今日は違った。
その鶏の声と共に、
あちらこちらで物音が聞こえ始める。
大人は勿論、
小さな子供の声も聞こえる。
「この村で一番楽しい日さ。・・酒が飲めるぞ。」
(酒なんて・・何時も飲んでるだろう・・)
「朝から飲めるんだ。」
(だから・・朝から飲んでるじゃないか・・)
其処此処で男たちの塊が出来る。
持ち寄った肴を頬張りながら・・
誰も教えてくれなかったが、何かのお祭りの日だろう。
再び漁師を手伝い始めて数日後の事だった。
仕方ない・・
料理が出来ない訳じゃないが、
俺には、鍋も包丁も無い。
ラム酒を1ケース差し出した。
男たちの騒々しさが一層際立った。
・・・その周りを取り囲む様に立ったまま
子供たちは、指を咥えて見ている・・かの様に思えた。
仕方ない・・
俺はまたバイクを借りて町まで出かけた。
想い切る 思い切り
「気を付けろよ、お前・・・」
船具屋の件で知り合った(別に望んだ訳じゃないが・・)、
その警官は、俺の親父ほどの歳か。
あの時もそうだったが、
以来、
町に出る度にそれとなく俺をガードしてくれた。
20年警官をやって家の無い奴は、信用できる。
但し、
そいつがギャンブルや女好きでなければ・・
たまに20年のところを10年と言う者もいるが・・
俺はその男を『パー』と呼んだ。
ある時は、(バカじゃねえの、その歳で?)と半分思いながら・・
また或る時は、
顔も知らない実父に想いを馳せながら・・
パーは、此処ではパパを呼ぶ時の代名詞。
だから、ママは『マー』だ。
俺が、どんな思いで
「パー」
と呼んでも、そいつ、何時も笑っている。
そのパーが、真面目な顔をして言った。
その表情だけで俺には分かった。
どうやら今度は、
本当に漁師の家族とお別れだ。
漁師は、村のキャプテンの処に飛んで行った。
「・・・どうしても?」
と、みんな聞く。
俺は、黙って頷いた。
あれからみんな、本当に良くしてくれた。
取り越し苦労だろ?
と思えるほど小さな事でも
町で聞こえたJapaneseという言葉に素早く反応して、
全て俺に結び付けて、守ろうとしてくれた。
だから、
「もう、普通の生活に戻って、魚、獲りなよ。」
二日後の夜、
キャプテンは、舟を出してくれた。
この村で一番足の速い奴だ。
本当に・・誰一人残らず・・俺の名付けた
生まれたばかりの赤ん坊まで
母親の腕に抱かれて見送ってくれる・・
(ごめんな、・・こんなゴッドファーザーで・・・)
その群れの中から
バッグを背負い、ギターを持って、
両親に肩を抱かれながらチャイリンが・・
「わたしも・・・連れてって!」
必死の形相だった。
俺は、急に涙が出てきた。
漁師が黙って何度も頷いた。
キャプテンが言った。
「あとの事は、チャイリンに話してある。」
舟が走りだして3時間。
俺は舟酔いでもう戻すものも無い。
「意気地なし・・」
俺をからかう様にチャイリンが言った。
周る 回る・・
二日と一夜。
燃料と胃袋を満たす時以外、
舟は走り続けた。
「食べろ。」
って言われても・・・
俺の分までチャイリンが食べる。
僅か二~三日で、この変わり様だ。
あの村で、この子に落としていた翳の深さを、
今更ながらに、
目眩の続く頭で考える。
俺の世話になった村は、この大きな島の西の端っこ。
どうやら舟は、
外海を通り、島の東に来ているらしい。
どうりで・・俺の頭が、回りっ放しだ。
やっと舟が小さな波止場に着いた。
此処が目的の村か・・
上背はかなり低いが、
それを補って余りあるほど横に広がったおっさんが、
笑いながら迎えてくれた。
「どうだった?」
(何がだよ?)
という太っちょを指差して
「わたしの、叔父さん・・」
と、チャイリンが言う。
「驚いているのか?、あまりにも似ていないから・・」
そして、また、
「どうだった?」
船着き場から30分ほど歩いて、
教会の脇に在る家に招き入れられた。
此処が、これから住む処だとチャイリンが言った。
「大丈夫、わたし、何でも出来るから・・」
子供にそんなことまで言わせてしまった。
(いや、俺は、不安に思っているんじゃない。まだ、気分が悪いから・・こんな顔をしているだけだ。)
彼等は、俺なんか忘れた様に、
よく食べ、よく飲み、笑う。
そして、
「先に寝てもいいぞ。」
と、太っちょの神父は言った。
寝ろと言われても、
何処に寝ればいいんだ・・
朝、床板の上で目覚めた。
どうやら、長椅子から転げ落ちても、そのまま眠っていたようだ・・
海 山
みんな、あちらこちらで休んでいる。
此処に来てから一週間・・前後か・・?
まったく、日の経過さえ忘れている。
チャイリンは、彼女の言葉通り、
掃除に洗濯、
そして、
不味いけど食事まで作った。
まるで一家の主婦気取りだ。
「山へ行こう。」
太っちょ神父が言った。
「いってらっしゃい。」
家事があるから其処に残ると・・
(はいはい・・)
チョコチョコと小股で歩く神父の後に続く。
(行こうって誘ったのは・・俺に荷物を背負わせるためか・・・?)
お陰で、必要以上の汗だ・・
おまけに太っちょ、やけに脚が速い。
所々で時間を見ては休憩を取る。
だが、
俺は休憩なんかできない。
荷物を担いだ脚は、太っちょをしても遥かに先を歩ませた。
俺が神父に追い付くと、
「さあ、出発だ。」
だと・・?
息を切らせて山頂の村に着いた。
奴め、のんびりと座ってジュースなど飲んでいる。
「遅かったな。」
作品名:どうってことないさ・・ (1) 作家名:荏田みつぎ