どうってことないさ・・ (1)
思うこと 想うこと
その時、俺はギターを弾いていた。
やっとFが上手く押さえられる様になったばかりで、未だ一曲としてまともに出来るものなど無かった。だが、これで一人の世界を楽しめるという、ある種の喜びで有頂天だった。
だがそれは、叔父の一言で破られた。
そして、人生が変わった。
人間不信になった。
若かったんだ。
だから、多くの事を見落とし、
先のレールが一つしか見えなかった。
人生の修正を図ろうと思い始めるまでに
こんなに時間を要すなどとは・・
だが、遅れ馳せながらでも気付いただけマシか。
この間に得たものも少なくはないし、
少しだけ回り道をしたと思おう。
それにしても、
水牛の背中は、想像以上に揺れて乗りにくかった。
膝まで沈むぬかるみでも、
いっそ歩いた方が良かったかな・・
良薬
飛行機は、マニラに降りた。
中近東かアフリカに行って、傭兵にでもなろうか・・
この思いは、
旅費と目的地での当座の生活費の圧倒的不足から即断念。
マニラまでの旅費が精々だった。
何処でもいい・・
兎に角、田舎に行きたくてバスに乗った。
「終点まで・・」
「本当に行くのか? あんな処で何をするんだ?」
そんなこと聞かれても、答えられるものか。
俺自身分からないのだから・・
名前も知らないとんでもない田舎に着いた。
宿は、どうやら無いらしい。
道路沿いの粗末な食べ物屋で、
一泊200円で当分厄介になる事にした・・
日々の暮らしは、楽だった。
言葉が満足に通じない。
これが良かった。
だが、
俺が行く処すべてに、
子供たちがゾロゾロついて来る。
そして、
俺の行動は、その日のうちに村中の知る処となる。
そうこうするうちに、
ある漁師と知り合い、
彼の舟で漁を手伝った。
彼の家の傍に一人眠れるだけの小屋も造った。
自然は、最大の良薬。
チマチマと小分けにされた薬を口に放り込むんじゃない。
身体じゅう至る所から良薬が入り込む。
そして、
適度に現実的な人々に依って、この世の仕組みも教えられた。
哀しい 嬉しい
暑い日が続いた。
海辺の砂が素足に熱い。
そして、
その暑さと熱さも、やや和らいで、
朝夕だけは、唯一共に来たギターに専念出来た。
F を押さえられた後は意外に簡単で、
マイナーとかセブンスなどは、
案外早く慣れて来た。
しかし、それを弾きながら歌うのは、何時も決まって同じ歌。
それでもよかった。
傍に漁師の家族が居る時もあったが、関係ない。
彼等は、歌詞の意味が分からないから、
オジキのバカやろ~ てめぇなんぞ しんでしまえば どうだ
とか
たっちゃん、ごめんな
あの時は ほんとにどうかしてた こんど会ったら
おまえが 俺を ボコボコにする番だ
などと
勝手気ままなものだった。
やがて彼らはメロディーを覚えた。
俺が、
涙が出そうになるのを必死に堪えて声を張り上げているのに・・・
こいつら、笑いながら手拍子だ。
でも、それに救われた。
救われ続けた。
「明日は、少し遠出をするぞ。」
漁師のおっさんが、
わざわざ俺の隣まで来て言った。
遣る瀬無い 別れ
チャイリンは泣いていた。
まだ16歳になったばかりだぞ。
それが声を忍ばせながら悔しそうに、
しかし諦めるより外は無いと心で叫びながら・・
母親は、
彼女に何か言い聞かせる様に、
そして同時に自分をも納得させるかの様に
狭い部屋を歩き回りながら話し続け、
父親は、
海辺の岩陰に座ったままじっと遠くを見続けている。
こんな時の俺は、赤ん坊以下だ。
仕方ないさ・・、俺は、言葉が充分じゃない。
そう自分に言い聞かせながら、
腹の中は久しく忘れていた怒りでいっぱいだった。
遠出をした時の、舟の船外機は、もう此処に無い。
連日の雨と不漁が続き、
月割りで支払う約束の金が三か月分滞っていたのだ。
四か月目に船具屋は、
漁師の家から船外機を持ち去った。
船具屋の息子にしてみれば、
行きがけの駄賃くらいの事だったのか・・
息子と、一緒に来た他の二人に、
たまたま一人で家に居たチャイリンは辱められた。
俺は、この家を出る事にした。
何の事もない。
荷物はバッグ一つに納まるし、そろそろ雨季も終わりだし・・・
船具屋の名前も住所も分かっている・・
漁師夫婦に別れを告げ、
チャイリンに黙って俺のギターを渡した。
チャイリンは、声を上げて泣き始めた。
さよなら こんにちは
町に在る市場の裏から続く細い路地。
建ち並ぶバラックを避けながら右に左に曲がっている。
バラックが途切れた川沿いのゴミ捨て場、
雨上がりの暑さで悪臭が鼻を衝く。
気を紛らす為に、このあとの行き先を決めようとするが、
こんな処じゃ落ち着けない。
その前に、
身体じゅうが痛い。
ただ座っているだけの姿勢が保てない。
寝っ転がった・・
身体の半分ほどがゴミの中に沈んで行った。
「やっぱりお前か・・・」
どうやら眠ってしまった様だ。
陽は既にかなり高く、
目覚めたばかりの俺は眩しさに視界を制限された。
だが、
声をかけた男が漁師だというのは分かった。
起き上がろうとするが起きれない。
二日酔いの所為ばかりじゃなかった。
漁師とその仲間にゴミの中から引き出されて、
ベッドのシーツに包まれたまま、
俺は荷物みたいに運ばれた。
彼と家族に別れを告げて町に向かったのは日暮れ前。
そして、
次の日の昼過ぎに、俺は再び漁師の家族とご対面だ。
格好悪いったらこれ以上ない。
昨日の夜は少し飲み過ぎた。
目当ての船具屋を見付け、
其処の若造と使用人の顔を認めて夜を待った。
景気づけの1杯のつもりが1本となった。
あとは簡単。
店を閉めて裏口から出た奴らを片っ端からボコボコにした。
だが、
最後はどうやら俺がボコボコに・・・となった様だ。
使用人は、奴等ばかりじゃなかったんだ・・
「俺が、居ると不味いだろ?」
漁師の目も村の連中もみんな笑っていた。
どうやらもう暫く此処に居る事になりそうだ。
俺の罪は障害。
だが、
奴らの方も16歳の少女に対する強姦罪。
俺を訴えれば奴らの遣った事もばれる。
此処では奴らの方が圧倒的に罪が重い。
将来は無くなる。
だから
「大丈夫だ、ヒーロー・・。奴らはお前を訴えない。」
船具屋の売掛が滞ったら品物を取り上げるやり方は常習の手口だったらしい。
だから、村のみんなも
「ざまあみろ・・」
と騒いでるのか・・・
後ろの方で静かに立っているチャイリンと目が合った。
すぐに下を向いたチャイリンの口元が僅かに緩むのが見えた。
心 いろいろ
一日中降り続いた雨。
小さな小屋の屋根から、
まるでシャワーの様に降りかかる。
寝てなんか居られない。
漁師の妻が頻りに俺を呼ぶ。
「こっちに来なさいよ!」
いい人なんだけど・・・
来いったって、
今の俺は一人じゃ歩けない。
まあいいか・・
雨の漏るこの小屋は、今の俺そのものだから・・
あれ以来、村の人たちもよく気遣ってくれる。
その時、俺はギターを弾いていた。
やっとFが上手く押さえられる様になったばかりで、未だ一曲としてまともに出来るものなど無かった。だが、これで一人の世界を楽しめるという、ある種の喜びで有頂天だった。
だがそれは、叔父の一言で破られた。
そして、人生が変わった。
人間不信になった。
若かったんだ。
だから、多くの事を見落とし、
先のレールが一つしか見えなかった。
人生の修正を図ろうと思い始めるまでに
こんなに時間を要すなどとは・・
だが、遅れ馳せながらでも気付いただけマシか。
この間に得たものも少なくはないし、
少しだけ回り道をしたと思おう。
それにしても、
水牛の背中は、想像以上に揺れて乗りにくかった。
膝まで沈むぬかるみでも、
いっそ歩いた方が良かったかな・・
良薬
飛行機は、マニラに降りた。
中近東かアフリカに行って、傭兵にでもなろうか・・
この思いは、
旅費と目的地での当座の生活費の圧倒的不足から即断念。
マニラまでの旅費が精々だった。
何処でもいい・・
兎に角、田舎に行きたくてバスに乗った。
「終点まで・・」
「本当に行くのか? あんな処で何をするんだ?」
そんなこと聞かれても、答えられるものか。
俺自身分からないのだから・・
名前も知らないとんでもない田舎に着いた。
宿は、どうやら無いらしい。
道路沿いの粗末な食べ物屋で、
一泊200円で当分厄介になる事にした・・
日々の暮らしは、楽だった。
言葉が満足に通じない。
これが良かった。
だが、
俺が行く処すべてに、
子供たちがゾロゾロついて来る。
そして、
俺の行動は、その日のうちに村中の知る処となる。
そうこうするうちに、
ある漁師と知り合い、
彼の舟で漁を手伝った。
彼の家の傍に一人眠れるだけの小屋も造った。
自然は、最大の良薬。
チマチマと小分けにされた薬を口に放り込むんじゃない。
身体じゅう至る所から良薬が入り込む。
そして、
適度に現実的な人々に依って、この世の仕組みも教えられた。
哀しい 嬉しい
暑い日が続いた。
海辺の砂が素足に熱い。
そして、
その暑さと熱さも、やや和らいで、
朝夕だけは、唯一共に来たギターに専念出来た。
F を押さえられた後は意外に簡単で、
マイナーとかセブンスなどは、
案外早く慣れて来た。
しかし、それを弾きながら歌うのは、何時も決まって同じ歌。
それでもよかった。
傍に漁師の家族が居る時もあったが、関係ない。
彼等は、歌詞の意味が分からないから、
オジキのバカやろ~ てめぇなんぞ しんでしまえば どうだ
とか
たっちゃん、ごめんな
あの時は ほんとにどうかしてた こんど会ったら
おまえが 俺を ボコボコにする番だ
などと
勝手気ままなものだった。
やがて彼らはメロディーを覚えた。
俺が、
涙が出そうになるのを必死に堪えて声を張り上げているのに・・・
こいつら、笑いながら手拍子だ。
でも、それに救われた。
救われ続けた。
「明日は、少し遠出をするぞ。」
漁師のおっさんが、
わざわざ俺の隣まで来て言った。
遣る瀬無い 別れ
チャイリンは泣いていた。
まだ16歳になったばかりだぞ。
それが声を忍ばせながら悔しそうに、
しかし諦めるより外は無いと心で叫びながら・・
母親は、
彼女に何か言い聞かせる様に、
そして同時に自分をも納得させるかの様に
狭い部屋を歩き回りながら話し続け、
父親は、
海辺の岩陰に座ったままじっと遠くを見続けている。
こんな時の俺は、赤ん坊以下だ。
仕方ないさ・・、俺は、言葉が充分じゃない。
そう自分に言い聞かせながら、
腹の中は久しく忘れていた怒りでいっぱいだった。
遠出をした時の、舟の船外機は、もう此処に無い。
連日の雨と不漁が続き、
月割りで支払う約束の金が三か月分滞っていたのだ。
四か月目に船具屋は、
漁師の家から船外機を持ち去った。
船具屋の息子にしてみれば、
行きがけの駄賃くらいの事だったのか・・
息子と、一緒に来た他の二人に、
たまたま一人で家に居たチャイリンは辱められた。
俺は、この家を出る事にした。
何の事もない。
荷物はバッグ一つに納まるし、そろそろ雨季も終わりだし・・・
船具屋の名前も住所も分かっている・・
漁師夫婦に別れを告げ、
チャイリンに黙って俺のギターを渡した。
チャイリンは、声を上げて泣き始めた。
さよなら こんにちは
町に在る市場の裏から続く細い路地。
建ち並ぶバラックを避けながら右に左に曲がっている。
バラックが途切れた川沿いのゴミ捨て場、
雨上がりの暑さで悪臭が鼻を衝く。
気を紛らす為に、このあとの行き先を決めようとするが、
こんな処じゃ落ち着けない。
その前に、
身体じゅうが痛い。
ただ座っているだけの姿勢が保てない。
寝っ転がった・・
身体の半分ほどがゴミの中に沈んで行った。
「やっぱりお前か・・・」
どうやら眠ってしまった様だ。
陽は既にかなり高く、
目覚めたばかりの俺は眩しさに視界を制限された。
だが、
声をかけた男が漁師だというのは分かった。
起き上がろうとするが起きれない。
二日酔いの所為ばかりじゃなかった。
漁師とその仲間にゴミの中から引き出されて、
ベッドのシーツに包まれたまま、
俺は荷物みたいに運ばれた。
彼と家族に別れを告げて町に向かったのは日暮れ前。
そして、
次の日の昼過ぎに、俺は再び漁師の家族とご対面だ。
格好悪いったらこれ以上ない。
昨日の夜は少し飲み過ぎた。
目当ての船具屋を見付け、
其処の若造と使用人の顔を認めて夜を待った。
景気づけの1杯のつもりが1本となった。
あとは簡単。
店を閉めて裏口から出た奴らを片っ端からボコボコにした。
だが、
最後はどうやら俺がボコボコに・・・となった様だ。
使用人は、奴等ばかりじゃなかったんだ・・
「俺が、居ると不味いだろ?」
漁師の目も村の連中もみんな笑っていた。
どうやらもう暫く此処に居る事になりそうだ。
俺の罪は障害。
だが、
奴らの方も16歳の少女に対する強姦罪。
俺を訴えれば奴らの遣った事もばれる。
此処では奴らの方が圧倒的に罪が重い。
将来は無くなる。
だから
「大丈夫だ、ヒーロー・・。奴らはお前を訴えない。」
船具屋の売掛が滞ったら品物を取り上げるやり方は常習の手口だったらしい。
だから、村のみんなも
「ざまあみろ・・」
と騒いでるのか・・・
後ろの方で静かに立っているチャイリンと目が合った。
すぐに下を向いたチャイリンの口元が僅かに緩むのが見えた。
心 いろいろ
一日中降り続いた雨。
小さな小屋の屋根から、
まるでシャワーの様に降りかかる。
寝てなんか居られない。
漁師の妻が頻りに俺を呼ぶ。
「こっちに来なさいよ!」
いい人なんだけど・・・
来いったって、
今の俺は一人じゃ歩けない。
まあいいか・・
雨の漏るこの小屋は、今の俺そのものだから・・
あれ以来、村の人たちもよく気遣ってくれる。
作品名:どうってことないさ・・ (1) 作家名:荏田みつぎ