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海竜王の宮 深雪  虐殺11

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 常時、深雪の周りを固めるのは、現役組には難しい。そこいらは隠居したものを宛がうとしよう、と、父親は考えている。さすがに、先代の長を前にして暴言を吐くものはいないし、今後、深雪の教育もしてもらわなければならない。暴走させぬように、人との接し方を教えるのが先決だ。
「ああ、暇人ですものね。それはよろしいですわ。」
「そう、うちでは一番の暇人だろうな、あの方は。」
 夫婦ふたりだと先代でも容赦はなくこき下ろす。それは、いつものことだ。この妻は言いたいことは、はっきりと言質にしてくれるので、叔卿にとっては有り難い。丁寧にしゃっちょこばって話されては気が休まらない。
「そういえば、ねぇ、あなた様。深雪様はお乳を吸ったことがないとおっしゃるのですが? どういうことでしょうか? 」
「はあ? 」
「添い寝してさしあげても胸を触ることもないので、吸いたくはないのですか? と、尋ねたら、『吸うものなの? 』 と、逆に質問返しされました。・・・・確か、人界で三十までは暮らしていらしたのですよね? それなら、多少なりとも知識もおありだと思うのですが。」
 赤ん坊のようなもの、と、静晰も説明されている。だから、乳を吸いたいと言われたら、まあ、それはそうだろうと思っていたのだ。だというのに、反応しないから、それは不思議だった。さすがに、他のモノに尋ねるのは気が引けるのて夫にぶつけた。
「あーそうか。おまえには教えてなかったな。あれは、かなり特殊な育ちでな。母親を得たのは、深雪が十三か、そこいらなんだ。それまでは、林太郎殿が、ひとりで育てていたんで、そういうものは経験していないんだろう。」
「はい? ですが、深雪様のお母様は? 」
「生まれて、すぐに売られたらしい。だから、記憶にはないんだ。・・・というか、おまえ、乳は出ないだろ? 」
「出ませんが、真似事で落ち着く場合もございます。・・・・ですが、成人されていたのなら、閨事もされていたのでは? 」
「それも、かなり特殊だ。あいつ、女に抱かれていたからな。自分で抱いたことはないらしいんだ。・・・・百年したら、そういう教育もしなけりゃならないんだなあ。やれやれ。」
 もう、なんていうか、生まれからして特殊で、ついでに成長過程も特殊で、普通にやることは、ほとんど経験していないという特殊事例なので、叔卿は苦笑するしかない。竜の世界で普通に成長させていけば、自ずと、それも理解するだろう。
「抱かれる? また、おかしなことを。」
「だから、あれは普通じゃないんだ。そうでなかったら、華梨なんかの婿にはならん。」
「ああ、なるほど。・・・・わかりました。そのうち、性教育もせねばならないのですね? ご愁傷様です。」
「おまえも手伝え。」
「それは無理てございましょう。そういうものは、殿方が伝授するもの。私では、また抱かれることになりますよ? 」
「そうか、そうなるのか。・・・やれやれだなあ。」
 将来、そんなことを教えるのか、と、叔卿は想像して、久しぶりに心から笑った。それほどに、深雪は小さいのだ。その様子に静晰も笑って、夫の頬を撫でた。
「くくくく・・・あなた様が微笑まれる余裕が戻りましたね。」
「そうだな。まあ、いろいろとやることは山積みだが、ちょっと、ほっとしたよ。・・・・というか、おまえ、乳はやるな。それは俺のものだ。」
「子供と張り合って、どうします? そんな可愛いことをおっしゃると今宵、私があなた様を抱きますよ? 」
「それはいいなあ。是非、やってくれ。」
「承知いたしました。存分に抱いて差し上げますわ。覚悟なさいませ? 」
 静晰を妻にしてよかった、と、心から思うのは、こういう時だ。絶対に同情なんかしてくれない。慰めてもくれないが、対等に並んで立っていてくれる。誉めそやしもおためごかしの言葉もない。それだけに静晰の言葉は真実だ。抱いてやろう、と、言うなら、抱いてもらおう。それで、甘えられるのだから。




 深雪の左目は、程なくして開いた。漆黒の瞳が、ちゃんと動いている。それを見て、周囲は涙するほどに喜んだ。これで、無事に水晶宮に戻れる。
「小竜、じぃじとばぁばは、後から参りますからね。」
「うん、ありがと、じぃじ、ばぁば。」
 同時に上がることはできないので、一端、薬師様と乳母様は本拠地に引き返し、正式に先触れして水晶宮を来訪することにした。たぶん、いろいろと五月蝿いのが騒ぐだろうから牽制の意味もあって、そう決めた。離宮から、こっそりと退散する。
「小竜、俺も行くからな。あっちで背に乗せてやるぞ? 」
「うん、青さん。待ってる。」
 なんだかんだと顔を出していた青麒麟の青飛は、すっかり深雪の友達だ。ここでは飛べないから、水晶宮でと約束して帰って行った。謡池のものは、みな、深雪にメロメロになっていて、ほぼ深雪バカと化している。静晰は、やれやれ、と、息を吐いた。小竜はわかっていないが、麒麟の筆頭の背に乗るなんて、神仙界でも滅多にないことだ。それが難なく許されるのは西母王ぐらいだからだ。
「三姉は? 行かないの? 」
「私は行きませんよ、深雪。・・・今度は自力で遊びに来なさい。いいですか? ちゃんとクスリは飲むのですよ? 我侭はいけません。あのクスリは薬師様が、おまえのために作ってくださったのですから、ちゃんと飲んで体調を整えるのが、おまえの今からの仕事です。」
「苦いもん。」
「クスリは苦いものと決まっているのです。だいたい、おまえは甘えすぎです。蓮貴妃に書状で説明していますからね。いらない、などと言ったら、叱りに行きます。」
「・・・うー、うん。」
 敬語で喋るのは諦めた。小竜が理解しないからだ。それに、言いたいことは言っておかないと、小竜は言うことを聞かない。なるほど、蓮貴妃が厳しいのは、こういうことなのだ、と、理解した。周囲が溺愛状態だから、厳しくする立場のものが必要だ。だから、西海の宮に居る間、静晰は厳しくしたつもりだ。それでも、小竜は嫌がらず、静晰に抱っこもされるし話もする。それに、名前が難しいから、と、勝手に、「三姉」などという呼び名もつけてしまった。
 小言を俎上すると、小竜はてけてけと静晰に近寄ってきた。だっこ、と、言うので抱き上げたら抱きつかれた。
「また、逢いたいよ? 三姉ちゃん。」
「おやまあ、そうですか。では、たまに叱りに行かねばなりませんね? 深雪。」
「・・うん・・・大好き・・・」
「え? 」
 厳しくしていたから懐かれていないと思っていたが、そうでもないらしい。ぎゅっと服を掴んで、小竜は静晰の首に手を回す。
「大好き、三姉ちゃん。また、逢いたい。」
「はいはい、また逢いましょうね、深雪。さあ、出立しなさい。おまえがダラダラしていては、動けません。」
「・・・うん・・・」
 迎えに来たのは、白竜王と華梨だった。どちらも、深雪の言葉と静晰の表情に吹き出している。言葉と裏腹に、静晰は小竜を抱き締めて放さないし、とても寂しそうな顔をしているのだ。だから、小竜は慰めるつもりで抱き締めている。
「背の君、静晰姉上も、水晶宮に遊びに来て下さいますわ。さあ、そろそろ参りませんと。みな、待っておりますよ? 」