海竜王の宮 深雪 虐殺10
「私が、もう少し強ければ・・・私だったかもしれない。だから、選ばれなかった段階で、私はダメなんですよ? 叔卿兄上。・・・・深雪のためになるのなら、私はいくらでも泥を被ります。あなただけにはさせません。」
「・・ああ・・・頼む。」
季卿の言葉に、叔卿も顔を歪めて頭を下げた。あなただけの失態ではない、と、兄弟は言っているのだ。だから、落ち込むなと励ましてくれている。
「そうそう、白虎の件だがな、叔卿。杜紗殿は簾の知り合いなんで、守りの猫は、簾が、どうにかすると言っていた。・・・おまえ、簾と蓮貴妃も心配しているのだと気付いておけ。」
「・・ああ、そうだったな。兄上にも心配されているんだな? 大丈夫だ。自己嫌悪は、俺らしくないだろ? いつも通り、俺は働くさ。」
「まあ、そんなところだろうね。」
兄弟たちで、そんな話をしていたら、簾が現れた。もちろん、蓮貴妃も従っている。すっかり朱雀の力は整えたので、溌剌とした態度だ。
「確証は取れた。・・・とりあえず、シユウのほうは一段落だ。広、おまえ、書状を書いてくれ。ひとっ走りしてくる。」
「まだ早い。一年もかかるんだぞ? 」
「だが、桜と同じ色の同じ顔の猫を用意してもらわねばならん。その旨は伝えておかなければ、用意してもらうのも難しいぞ? それから、叔卿、一度、西海の宮に戻って、静晰共々、薬師様と乳母様に礼を申し上げて来い。深雪の治療に全精力を傾けてくださってるんだ。そのお礼は当事者から申し上げるのが筋だ。」
うっかりしていた、と、叔卿も簾に指摘されて気付いた。深雪の治療をしてくれていることに全力を注いでくれているのだ。確かに、当事者として、お礼は申し上げるのが筋だ。
「ああ、私も深雪に逢いたいから同道させていただこうかな。」
「こらこら、季卿、叔卿が現場を離れる場合、おまえは待機しなさい。順々に顔を出したほうが、深雪も嬉しいはずだ。」
「そうだな。そろそろ、言葉も喋れるから、おまえらの顔もいいかもしれない。適当に顔は出してやってくれ。・・・広、おまえはダメだけどな。」
「わかっている。そのうち、東海の宮に帰る時にでも、こっそり立ち寄る。」
「・・・おまえ、相変わらず、深雪バカだな? 」
「おまえに言われたくないぞ? 簾。朱雀の力を喪うほどの無茶をして深雪の側に居たくせに。」
「くくく・・・羨ましいか? 深雪は、おまえの硬い腕なんかより、私の柔らかい胸が、お好みだ。はははは・・・・残念だが、おまえはいらんっっ。」
また、始まった、と、仲卿が笑い出す。どっちもどっちの深雪バカなのだ。どちらが、一層、深雪バカなのか競わなくていい。どっちも最高の深雪バカなのだから。
「まあ、薬師様と乳母様も、最高の孫バカだし・・・深雪は、溺愛されすぎて窒息しますよ? おふたりとも。」
「かまわん、あれは愛されていればいいのだ。人界と同じほどに愛されて慈しまれていればいい。」
「そうだぞ、仲卿。深雪は可愛いんだ。窒息なんぞせんと断言してやる。」
とんでもないことを言って長夫婦は大笑いする。まあ、仲卿も、末弟のことは過保護にしている自覚もあるので、頷いて苦笑する。人界で愛されたのと同等のものを与えなければ、深雪の悲しみは消えない、と、父親も断言していた。確かに、そうだろう。だから、過保護でもいい、と、仲卿も納得はしている。
「まあ、よろしいですけどね。・・・・とりあえず、書状をお書きくださいよ、兄上。あちら様にも手配の都合があるでしょう。来年、桜に似た子猫を用意していただけるようにお願いしてください、簾。」
「任せておけ、仲卿。杜紗も容赦なく引き摺ってくる。」
「・・・・ははははは・・・そうしてください。できれば、白虎の長老には内密に。」
「わかってるよ。あのじいさんが、しゃしゃり出てきたら、今回の目論見がぶっ潰れるからな。」
良くも悪くも、白虎の長老は風の気性の強い方だ。政治的見地とか種族間取引とか、そういうものはスルーして守りの猫を殺したシユウに襲いかかる可能性が高い。だから、事は内密に進めなければならない。そうでないと、余計なところから火種ができてしまう。それもあるから、白虎の現長である杜紗に依頼するのだ。あちらは、そこいらを、きちんと把握してくれるし、たぶん、何も尋ねてもこないはずだ。そこいらのことは理解してくれている。
結局、よくわからない騒ぎにして、叔卿の落ち込みもストップさせてくれた。責められるばかりではないのだ。兄弟たちが自分のことを理解してくれて励ましてくれることに、叔卿は内心で感謝していた。
「じゃあ、ちょっと一段落ってことで、飲まないか? 簾。」
「おう、いいぞ。うちの後宮でやろう。綺麗どころと美味い酒を揃えてやる。広、父上と母上にも声をかけて来い。蓮貴妃、準備を。」
だから、いつも通りに振舞うのが感謝の印だ。俺は大丈夫だ、と、見せるために酒盛りの提案をする。簾も、すぐにノッてくれた。今は、竜族最強の武人であり続けなければならない。そうでなければ、深雪の好意も無駄にする。
水晶宮の小竜付きの女官は、たった一人だ。ただし、随行は許されていないので、休暇を与えられている。あまり小竜が懐かないので、ほとんどは連絡係くらいしか役に立っていないからだが、それでも任は解かれていない。小竜が水晶宮に戻る頃に、連絡が入るようになっている。だから、里帰りしている。女官の里は、竜族の領域内ではあるが、水晶宮からは離れていて、いろんな種族が出入りしている商業都市だ。
市場の散策などしていたら、見目の麗しい白虎に声をかけられた。お茶に誘われて、それから付き合いなど続いている。
彰が、シユウの本拠地に戻った頃には、すでに次の王は定まっていた。先代の王の甥が玉座に就いた。普段の世代交代なら、先代の一族郎党も殲滅するところだが、今回は、ほとんどが、すでに消えている。彰が戻ったことにも、次期の王は寛大だった。まあ、争うほどのものではないと判断されたということでもある。彰の母方は薬師の家系で、シユウとしての戦闘力のあるものは少ないし、彰だけで、今の王の一族を相手に出来ることもないからだ。
「薬師の勉強をしなおして、再び、王にお仕えしたく考えております。」
次期王の前で、そう言上すると、ならば好きにしろ、と、認められた。まあ、ある意味、放逐と同義だから、彰は気楽なものだ。母方の里に身を寄せてから動き出した。
あの白銀の竜には興味があった。いろいろと調べて判明したのは、その存在が秘されていることだ。
間違いなく、あれは水晶宮の次期で、あの場でシユウの一族を滅したのだが、その話は、まったく聞こえてこず、白竜王が自力で脱出し、シユウの王を滅ぼしたことにすりかわっていた。
・・・・つまり、あの力・・・竜族にも隠されているということか・・・・
作品名:海竜王の宮 深雪 虐殺10 作家名:篠義