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海竜王の宮 深雪  虐殺10

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「幼子に、この場を見学させろだと? それこそ笑止だ。まだ、そのような知識は必要ではない。」
 毎回、この問答もやっている。黄龍の婿に相応しくない行いだと、暗に非難しているのだ。まあ、わからなくもないが、こればかりは肯定するわけにはいかない。実際は、相応しい行いをして臥せっているのだ。それを明かせないから、厄介ではある。
「私の背の君に、含むところがおありですかしら? 」
 毎日毎日、この問答を突きつけられている華梨は、些かキレ気味に反論する。軽く自身の波動を燃え上がらせて対峙する。文句があるなら受けて立ってやる、という態度だ。
「いいえ、とんでもありません。ただ、お戻りはいつかとお尋ねしただけでございます。」
「おまえたちに答える義務はありません。背の君は、元から各竜王の宮の見学をされる予定でした。今回は、事態が収束しないから、長期に渡って西海の宮においでなだけです。・・・・さっさと騒ぎを収めてくださいな? なんでしたら、私くしが出撃して収束させましょうか? 」
 おまえらが無能だから、騒ぎが収束しないんだろうが、と、いうことを丁寧に嫌味にすると、将軍たちも引き下がる。シユウに対抗するほど力のあるものは、いちいち、こんな言上はしていない。五月蝿いのは、地位に縋りつくだけの輩ばかりだ。
 
 将軍たちが下がって、接見の間から長の公宮に戻って、華梨はらしからぬ態度で、机を二つに叩き割った。かなり腹立たしさが募っている。だが、事実を言うわけにはいかない。ひ弱な次期様というレッテルを貼られて、かなり頭にきているのだが、それも覆せない。しばらくは、そういうことにして私宮で暮らしていただくつもりだからだ。
「華梨、すまない。本当に、すまない。」
 その立腹の様子に、叔卿は詫びる。そりゃ腹立たしいだろうと同情するし、こうなったのは、自分の落ち度だからだ。
「謝る必要はございませんよ? 叔卿兄上。・・・・腹立たしいのは、訳知り顔で、訳のわからぬ御託を並べるバカものどもの言動です。私の背の君が、いかに強いかは、いずれ思い報せてくれましょう。私くしをも凌駕する力です。あのものどもも文句は言えません。」
「そうだぞ、叔卿。詫びる必要はない。・・・それより、華梨、そろそろ降下してもいい。一度、薬師様と乳母様には休んでいただかなくてはならない。交代してきなさい。」
 仲卿は、事態も落着いたので、そろそろ深雪の子守りを交代するべきだろうと言い出した。なんせ、薬師様も乳母様も、公務をすっ飛ばして看病してくださっている。さすがに、何ヶ月も、本拠地を不在にさせておくわけにはいかない。
「よろしいのですか? 伯卿兄上。」
「かまわん。薬師様と乳母様には、一度、お戻りいただかなくてはならんだろう。・・・・父上と母上も、それは懸念されていた。」
「承知いたしました。では、直ちに西海の宮に参ります。」
 許可さえ出れば、華梨は、さっさと行動する。それを見送って、四人の兄たちも苦笑した。逢えないからの腹立たしさもあるのだ。それだけでも解消させてやらなければならない。


「叔卿兄上、深雪と対面されたら、ちゃんと対応してくださいね。深雪は助けられたと思っています。けっして詫びられてはいけません。」
 季卿が、それについて念を押す。今のところ、記憶まで読む力は戻っていない。記憶を読まれる心配はないが、心の内は読めるはずだ。だから、内心でも詫びてはいけない。深雪を助けられてよかった、と、考えてもらわなくてはならない。それが、どんなに辛いことだろうと、そうしてもらわなければならないのだ。
「・・・・わかっている。」
「深雪の傷はいかがなのです? 仲卿兄上。」
「左目が、まだ完全に再生していない。しばらくかかるだろう。・・・・その間は水晶宮に戻せない。」
「しばらくとは? 」
「一年で、どうにかなってくれれば、というところだ。薬師様が再生を加速するクスリは用意してくださったそうだ。それを使用しても一年はかかるらしい。」
 薬師様から治療についての経過報告は届いている。それによると、一年ほどで再生するだろうとのことだ。再生速度を引き上げるクスリがなければ、三年仕事になりそうな具合だから、かなり完治までは早いはずだ。
「まあ、一年くらいなら・・・うちの将軍たちにも諫言はさせぬように釘は刺しておきましょう。」
「そうしてくれ。そうでないと、いずれ、母上か華梨がキレる。」
 毎日、繰り返される嫌味な質問に、さすがに我慢の限界も訪れる。どう言い募ろうと、黄龍の婿は定まった。覆せるものはいない。もし、覆すとなれば、それは華梨の命も閉じさせる結果になる。そんなもの、竜王も両親もさせるつもりはない。嫌味ばかり吐く将軍たちを一掃してしまおうか、と、季卿辺りは考えている。そんなことを言っても、どうにもならないことを毎日、言い募るバカなど従えているのも面倒だ。
「伯卿兄上、あれ、五月蝿いので配置換えをしてくださいませんか? 私も気分が悪い。」
「そうだな、今回、諫言したものは、配置を考えるとしよう。」
「俺は、深雪に暴言を吐くのは斬り捨てることにする。見せしめには、ちょうどいい。」
「こら、叔卿。」
「いえ、それは、いい案ですよ、仲卿兄上。うちも、そうしましょう。一番五月蝿いのは、どうせ役立たずのもの。ばっさり斬り捨てて見せしめにしておけば、東海の将軍たちも黙るでしょう。」
 東海の宮の将軍たちは、長の率いる軍だから、どうしても、自分たちが一番位が高いと思っている。実際は、そうではないのだが、それを誇示するものは多い。さすがに、長が、暴言ごときで斬り捨てるのは問題があるので、季卿と叔卿の将軍たちで見せしめにしておけば、大人しくなるだろう。
「季卿、おまえはやるな。」
「いいえ、叔卿兄上。これは、将来のための布石、あなただけに負わせることではありません。」
 見せしめをしておけば、諫言は減る。将来、深雪が自分の力を自由に揮うことになったら、その時に効果はある。それを担うなら、私くしも、と、季卿は頷いた。末弟のためなら、それぐらいのことはしてやりたい。たとえ、自分の評価を落としても、これぐらいはやりたい。なんせ、末弟を最低の評価に落としたのだ。償いにならなくても、やれることはやっておくつもりだ。
「今回は、白竜が標的にされました。もし、黒竜だったら、私でも引っ掛かったことでしょう。ですから、叔卿兄上だけが悪いのではない。あなたは、深雪のことがあるから、容易く罠に堕ちたのです。竜族最強の武人だから、あなたは標的にされた。私が、そうだったら私だったに違いない。だから、あなただけの落ち度ではありません。そのことはお忘れなきように。」
 実際問題として、罠に嵌ったのは叔卿だが、竜王全員が該当する出来事でもある。たまたま、竜族最強の武人だから、叔卿は標的にされたが、それが長であってもおかしくはないのだ。だから、落ち度ではない。季卿も、たぶん引っ掛かったと思うから、それだけは告げておくことにしたのだ。
「・・・季卿・・・・」