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七ケ島 鏡一
七ケ島 鏡一
novelistID. 44756
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グランボルカ戦記 外伝2 前日譚:アリス

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 聞きたいことはたくさんあったが、聞いてしまえば今この時の楽しい時間は終わりを告げてしまうだろう。
 だからアリスは聞くことができない。
 本当は聞かなくてはいけないはずだ。
 いや、本当は話もせずに彼を殺さなくてはいけないはずだ。
 だが、アリスにはそれができない。

「アリスはどうじゃ?恋人などおるのか?」
「・・・私にもいませんね。仕事が忙しいですから。」
「そうか・・・そうじゃアリス。この後、何か用事はあるか?」
「いいえ、ありませんけど。」
「ならば、ワシとデートをせんか?」
「ああ、いいですね。・・・って、えええええっ!?」
「嫌かのう?」
「い、いいいいやだなんてそんな。」
 テオは、しどろもどろになるアリスを見てほっとしたように微笑む
「そうか、ならば一日付き合ってくれ。・・・アリスが今感じている疑問には追々答えよう。」
 そう言って立ち上がったテオは笑顔で腕を差し出し、アリスは少しモジモジしながら自分の腕を絡めた。


 デートをしている最中のテオは『普通』だった。
 曲がりなりにも皇帝。しかもリシエールを併合したことで大陸最大の国家となったグランボルカ帝国の皇帝として、あまりに街中に馴染み溶け込むというのもいかがな物だろうかとは思うが、良くも悪くも普通であった。
 二人は本当の父子のように、時には恋人のように一緒の時間を過ごした。
 楽しい時間は本当にあっという間で、そろそろ夕食のことを考えなければならない時間になった。
 アリスは街で一番美味しいと評判の店へテオをつれていくつもりだったが、
「久しぶりにアリスの作った物が食べたいのう。」
 というテオのその一言で今日の夕食はアリスの家で食べることになった。
 アリスは、テオのその提案が楽しい時間の終わりを意味するものだということを何となく悟った。
 別に本当にアリスの手料理が食べたいわけではない。
 アリスの家にやってくるというのも、おそらく今日一日避けてきたアリスの疑問に答えるためだ。
 その答えを聞けば本当にこの時間の終わりがやってくるだろう。
 それを考えると、アリスはやりきれない気持ちでいっぱいになった。
 アリスがそれを悟ったことに気づいたらしいテオも口数が極端に少なくなった。
 暗い気持ちを抱えて家に向かっていたアリスは、聴きなれた友人の声に振り向いた。
「アリスさん。」
「オデット・・・。」
「彼氏さんですか?って、うわ。結構・・年上の方なんですね。」
「アリスの友達か?」
「え・・・ええ。不慣れなこの街で色々よくしてもらってるんです。」
「はじめまして、オデットです。アリスさんにはいつもお世話になっています。」
「ふむ。礼儀正しい娘さんだな。ワシはバルタ・・・痛いではないかアリス。」
「テオ!貴方はバカですか!アホですか!」
 馬鹿正直に本当の名前を名乗ろうとするテオの背中をアリスが思い切り叩いた。
「バルタ?」
「いや、テオ。テオじゃ気軽にテオと呼んでくれ。」
 二人のおかしな様子に首を傾げるオデットに、テオは慌てて取り繕うようにしてそういった。
「テオ・・・さんですね、覚えました。」
 オデットはメガネをくいっとあげながら微笑んだ。
 アリスはこの二年ほどの付き合いでこれがオデットの癖であることを知っていた。
「でも知りませんでした。アリスさんがこんな素敵なおじさまとお付き合いしているなんて。」
「お、お付き合いしているわけじゃないのよ。この方はその・・・亡くなった父の知り合いで、昔色々とお世話になったの。」
「ふぅん?」
 アリスの説明などどこ吹く風と言ったようにオデットが意味ありげな笑いを浮かべる。
「さっきのお二人の様子を鑑みるに、どちらかと言えば恋人のように見えたのですが。」
「ち、違うから!全然そんなんじゃないから。」
「そんなに否定せずともよいではないか・・・。」
「いえ、テオとの関係が嫌とかではなくてですね。」
「やっぱり、お二人は―。」
「違うってば!」
 ニヤニヤと笑うオデットを黙らせようと口を開けばテオが落ち込み、テオを慰めようとすると、オデットがさらにニヤニヤするという
 アリスにとっては無限地獄のような状態に陥ってしまった。
(おかしい。これではまるでクロエではないか。)
 いつもは自分がカズンと組んで仕掛ける側だから気にも止めずおもしろがっていたが、これはやられる方はたまったものではない。
 そりゃあクロエもアリスに反抗的になるのもうなずける。
(次にクロエに会ったらもうすこし優しくしてあげよう。)
 頭をもたげて守る気もない事を考えたところで、アリスははっと気づく。
(・・・仕掛ける?)
 アリスが、頭を上げるとげっそりとしたアリスを見ながらオデットとテオがハイタッチをしていた。
 どうやら、アリスは二人にはめられたらしい。
 それに気づいたアリスはどす黒いオーラを放ちながら暗く、静かな声で言った。
「二人とも。」
「は、はい。」
「な、なんじゃな。」
 アリスの怒りに気がついた二人が声を震わせながら返事をする。
「正座。」
「こ、ここ砂利道なんですけど。」
「正座。」
「アリスよ、わしは曲がりなりにも―。」
「おすわり。」
「はいっ」
「すみませんでしたっ」
 その後。アリスのプレッシャーに負けて正座した二人へのお説教はじっとりねっとりと10分ほど続いた。

 お説教から解放され、足を崩してほっと一息ついた二人にアリスは尋ねる
「なんで私をからかうような真似をしたんですか。」
「だってそれは・・・」
「オロオロするアリスが可愛かったからのう。」
「は・・・はぁ?何を言っているんですか二人とも。私なんて全然可愛気がないじゃないですか。」
「いやいやアリスよ。」
「その可愛げのない人がオロオロとするのが可愛いのですよ。」
 二人は打ち合わせでもしているんじゃないかという位に息ピッタリに言った。
「二人は・・・初対面ですよね?」
「ええ。」
「もちろんじゃ。」
「そうですか。・・・一瞬二人は元々知り合いで私をおちょくって楽しんでいるだけなんじゃないかと思ってしまいました。」
「そんなわけないじゃないですか。ねえテオさん。」
「そうじゃそうじゃ。何を言っておるんだアリス。・・・ところでオデット。」
「はい、なんでしょう。」
「これからアリスの家で食事なのだが一所にどうかね。」
「え?いいんですか?」
「え・・・?なんで・・・?」
 唐突にオデットを食事に誘うテオの真意を読みかねてアリスが声をあげる。
「あ・・・あはは。そうですよね。お邪魔ですよね。今日は・・・遠慮しておきます。じゃあ、明日。明日伺いますね。」
「う、うん。ごめんなさいオデット。」
「気になさらないでください。じゃあまた明日。」
 そう言ってオデットはアリスの家とは逆方向へ歩き出した。
 オデットが見えなくなるまで見送って、アリスは口を開く。
「どうして、あの子を誘ったのですか。」
「・・・もう少し娘の友人と語らってみたかったのだよ。他意はない。」
「そうですか・・・」
「・・・では行こうか、確かあの丘の上だったな。」