和尚さんの法話 「煩悩」
禅はやったかどうかわかりませんけど、心境としてはそうですよね。
それから清水次郎長のお話ですが、あの方は米屋の息子さんなんですよね。
長五郎というんですよね。
お父さんが次郎吉か次郎八ですよね、その息子で次郎長となったと。
そして、或るときに或る禅宗の坊さんが托鉢で訪ねてきたときにお米をどっさりあげたんです。
米屋の息子やからね。そしたらその禅宗の坊さんが顔を見て、あんたは惜しい男じゃ、命は短いなと。
命が短いと言ったんです。
短いとはどれくらいあるのかな。早ければ三年、遅ければ七年じゃな。
それは間違いは無いのか。わしの言うことは間違い無い、と啖呵を切ったんですね。
そうか、そんなに言うならば、というて。
それが次郎長がヤクザに変わった一つの原因でもあるらしいですね。
どうせ短い命なら太く短く。そういう気になるんですね。
そしてヤクザになったんですが、ところがあの人は今でいうとどうか分かりませんが、六十代まで生きたんですよね。
兎に角、七年たっても死ななかったんです。
それで次郎長は、あのくそ坊主、信じてたのにわしは一生を踏み外したと思うてたんです。
ところがまたばったりと、何年かたって出会うんです。
それで次郎長は、きさま、俺の顔を覚えているか。
昔お前はなんということを言ったんだ。
早けりゃ三年、遅けりゃ七年と言うたやないか。
それから今、何年たってると思うてるんだと。
その禅宗の坊さんが顔を見て、ほお、死相が消えたなあと。
今更なにをぬかすんじゃ!と。いやいや消えてるんだと。
こういうときは、必ず人助けてるに違いないですね。
人助けをすると死相は消えることがある。
あんたは、三年乃至七年の間に人を助けたことはないのか。
それが無かったら、私は貴方の思いどうりになろう。
切ろうとなにをしようと。
それで次郎長が考えてみたら、その三年、乃至七年の間にあるんですね。
心中しかけた人があって、或る番頭さんが集金に行ったそのお金を盗られてしまうんです。
それでもうこれは一生かかっても返せんというので。
そして恋人が居てるんですね。
のれん分けさせてもらったら二人で所帯を持ちましょうと、言い交わした女性が居るんですね。
其の人に相談をして、それはもうとてもじゃないが、一生働いても返すことは出来ないなと。
その頃だったら今みたいにお許し下さいでは済みませんわね。
もう死ぬしかないなと。
貴方が死ぬなら私も死にますと。
二人が心中するところへ、次郎長が現れたんですね。
それでなにや、ということで話しを聞いて、よし、まあ待てと。
出来ないかもわからんが、わしが試しに行って頼む所へ行って頼んでくるからちょっと待てといって、そこらじゅうを駆け回って借金をしてきたんですね。
次郎長の言うことだから聴いてくれる人もあったんでしょうね。
そしてちゃんとお金を都合して助けるんです。
それで、人を助けたことがあると。それがあんたの寿命を延ばしたんだと、いうことです。借金をしてきて人を助けたんですよね。
自分がお金がないもんですからね。
それから、或る実業家が次郎長を訪ねて、あんたの子分はあんたの手足になると、火の中へ入れというなら火の中へ入る。
水の中へ入れというなら水の中へ入る。命も厭わない。
そういうふうに子分の心をつかむというのは、何かコツがありますのかと、いうわけです。
自分も少ないながら社員を持ってる。
それぞれを上手に使うためには、そのコツがあるながら、そのコツを教えて頂きたいと。
次郎長は、そんなものは無いと。
いや、そんなことはありませんやろ。
何かございますやろ。
いや、そんなことはない。
と、そう言うんですね。
然し、何かございませんか、あんたのためだったら火の中、水の中というわけにはいきませんよ、きっと何かあるに違いない。
いや、なんにもない。
と、いうんだけど自分では本当に何も無いと思うてるんでしょうね。
それで、あんまり言うもんだから考えたんです。
そうやなあと考えて、わしはどんな下の子分でも、人様の前で失敗して、例えば偉い親分が来て、お茶を持っていってそそうしてひっくり返した。
そういうお客さんの前でなにをやっても私は叱りませんが、陰では注意しても人さんの前ではぜったいに叱らんことにはいてますが、それくらいですかなあ。
それはそうでございましょう。
然し、もっとございませんか。
と聴いても、なんにもない、なんにもないと。
結局それっきりなんですね。
ところが、その次郎長の家には絹の座布団と木綿の座布団と二組作ってあるんです。
そしてヤクザの親分が訪ねてきますね、そしてその親分が先輩であっても上座には据えますけど、そして木綿の座布団へ座ってもらう。
ところが、そこらの寅さんはっさんというような人が来て、親分ひとつ願いしたいことがあるというて何か頼みに来ますね、ヤクザやから。
そしたらさあさあさあと、まあ上へ上がんなさいと、相手はものを頼みに行ったんだから尻がこそばいんやけど、兎に角上がれ上がれと言う。
そして上座へ据えてそして絹の座布団へ座らせて自分は座布団を敷かんと下座で何用でございますかと。
そしたら恐縮してしまって下座へ下がろうとして座布団を変えようとしますが、あんたはそれでいいんや、あんたはそれでいいんやと。
あんたは真面目な人間なんやと、まともな人間や。
わしらは半端者や、わしらは上座に座ることは出来んけど、あんたはそれでいいんや、ちゃんと座布団へ座ってくれと。
そういう人だったそうです。
それを子分は見てますわね、親分がそうやってるのを。
それを見たらうちの親分は偉いなと思いますわね。
だから子分は、親分がああせえこうせえと言わんでも、そういうのを見てるから、この親分のためやったら命も要らんという気になりますわね。
そして、明治維新になって、次郎長もだいぶ人を切ってると。
なんとかせないかんと。どうするか、ああするかと。
ところが、次郎長を引っ張ったら子分が承知せまい。
えらいことになるに違いない。だからそうせんと、というてほっとくわけにいかんので、ちょうどたまたま北海道で森林を開梱するという政府の思案で開梱するということになったらしいんです。
その仕事をするのに囚人を使うわけです。
ただで出来ますからね。
その監督に、現場監督に次郎長を持ってったら一番いいんじゃないかと。
これは一挙両得だと、そりゃあええなということになって、そして次郎長に、北海道で開拓せんならんことになって、そして囚人を使わんならんので、その現場監督をやってもらいたいと。
で、何時の何時までにこれだけの面積の森林か荒れ地があるので、それを綺麗に開梱してもらいたいと。
それで次郎長は承知いたしましたと言うて行くわけです。
そうしたところが囚人でしょ、逃げたら困るんですよね。
だから逃げないように足に鎖を付けてあるんです。
鎖を付けて鉄の球を付けてあるんです。
作品名:和尚さんの法話 「煩悩」 作家名:みわ