海竜王の宮 深雪 虐殺8
王位の取り合いは、王が決まらなければ終わらない。さっさと次の王を決めてくれ、と、仲卿も吐き出した。ほぼ全軍を展開しているので、こちらも落着かない状態だ。
「簾がいれば、シユウの内情も判るのだが・・・こちらでは、何も掴んでいないからな。」
敵対する一族ではあるが、竜族は無闇に干渉しないようにしているから、シユウの内部のことは情報としても把握していない。簾がいれば、そこいらの情報も握っているから、もう少し、状況を分析できるのだが、それが留守だから、こちらも対応できかねているのだ。
「こちらに現れるシユウがなくならない限り、厳戒態勢を解くわけにはいかぬぞ、仲卿。・・・・どれでもいいから、早く玉座に座ってくれ。」
水晶宮の主人も、こればかりは、対応の仕様がないから早期解決を祈るばかりだ。王さえ決まれば、統制が取れて、バカが来ることもなくなる。
「そろそろ、叔卿と交代してまいりましょう。あれは、出ずっぱりだ。」
「いや、長自らが出陣するほどのことはない。・・・それに、しばらくは、あのままにしておきなさい。あれだって、今回は、いろいろと思い煩っているだろう。水晶宮にいるよりは、外のほうが気も楽だ。」
最初から、私の失態を挽回するため私が働きますので、と、叔卿は最前戦に出ずっぱりになっている。あの騒ぎの後、ほとんど休息も取っていないのだが、水晶宮にいるよりは精神的に楽だろう、と、父親は言う。騒ぎの緊張感の中にいれば、他の事を考える余裕はない。小竜の怪我のことや、自身の失態について悔やんでいるよりは、精神的には楽なのだ。
「ですが、父上。」
「この事態が収束するまで、こき使ってやればいい。当人も、それを望んでいるのだ。・・・・終わってから、じっくりと考えさせればいい。我々も、そちらのことは、しばし放置だ。」
小竜のことも問題だ。我を忘れていたとしても、記憶があるなら、意識が戻った小竜が、どうなるのかわからない。それに、その能力のことも隠すために、どうすればいいか、それも家族で話し合わなければならないことだ。隠すほうがいい。だが、どのように、この不在の理由やら、発現する能力のことを、どこまで竜族に報せるか、他にも、いろいろと課題は山積している。
「わかっておりますよ、父上。・・・深雪が、どうなるのか・・・私も心配です。意識が戻るまでに、華梨を西海の宮に送らなければなりません。」
「やれやれ、頭の痛いことだ。・・・・華梨、すまないが、もう少し辛抱してくれ。」
「承知しております。・・・・ただ、腹立たしいだけです。」
公務に縛られた状況が、イライラするだけで、公務を放棄するつもりは、華梨にもない。この状況は、まだマシなのだ。ひとつ間違っていれば、竜族はシユウと全面戦争に陥っていた。そうならなかったのは、深雪のお陰だ。だから、華梨も公務を疎かにして駆けつけるつもりはない。そんなことをしたら、この状況に落ち着けてくれた背の君の気持ちを裏切ることになる。
結局、一月しても小竜は目を覚まさなかった。その頃には、簾も蓮貴妃を伴い、西海の宮に戻っていたが、こちらも追い出されてしまった。
「そろそろ、竜王妃の仕事をしてきなさい、簾。こちらより、あちらのほうが大変です。」
まだ、予断を許さない状況になっている水晶宮のほうにこそ、簾の役目はある。そちらを手助けするほうが優先だろう、と、東王父にも言われて、引き上げた。まだ、小竜は眠ったままだ。誰の胸も必要としない。ただ、左目は、少しずつ再生が始まり肉が盛り上がりつつある。眼球も少しずつ再生されている。空虚だった眼窩は、少しずつ埋まっていく最中だった。
それを確認しただけでも、簾も蓮貴妃も安堵の息を漏らした。少しずつ快方に向かっていることは理解できるからだ。
さらに、一月が経過して思いがけないことが判明した。これで十分だろうと持ち込んだ薬材のひとつが尽きてしまったからだ。
「これは、困った。・・・私では採取できぬ。」
「あらあら、足りませんでしたか。では、もう一度、行かねばなりませんね。」
ふたりの力があればこそ採取できる代物だ。場所と取り出し方は薬師が、採取は乳母が担当した、最も厄介で稀少なものだった。まだ、小竜は意識は戻っていないが、苦い薬湯に顔をしかめる反応はするようになっている。
「では、私くしと静晰が守りを代わりましょう。おふた方は、速やかに採取に向かってくださいませ。」
その場に居合わせた上元が代理をすると言上し、とにかく、急いで採取に出かけてもらった。これがあるとないとでは再生の時間が倍近く変わるから、さすがに足りないから、自然治癒で、とはいかなかったのだ。
数日だから、と、上元も静晰も余裕綽々だったのだが、小竜が泣くので絶句した。薬湯を飲ませるために抱き上げたら、ポロポロと涙を零す。それでも容赦なく、静晰が薬湯を飲ませたら、今度は眉間に皺を寄せて唸ったような声を出した。
「おや、そろそろ目が覚めるのでしょうか。」
「そうかもしれませんね。」
とはいうものの、薬湯を飲ませるのは大変で、さらに唸って口を噤むので往生した。
「青飛、簾に書状を届けてください。それから蓮貴妃を連れて来て下さいな。」
これは、普段、世話しているものが必要だろう、と、蓮貴妃を借り出すことを依頼した書状を作り、簾宛に届けさせることにした。さすがに、竜王妃である簾は動けないだろうが、蓮貴妃なら一時、借りられると予想してのことだ。
すぐさま、蓮貴妃はやってきた。薬湯の味を確認すると、周囲を見回して、小さな壺を手元に寄せた。
「なんですか? 蓮貴妃。」
「黒糖でございますよ、上元様。・・・小竜は苦いものは好みませんので、これを混ぜて誤魔化すのです。・・・薬師様は、そのことをご存知でしたから。」
普段から薬湯は嫌がるので、そういうもので誤魔化して飲ませている。孫バカの薬師様辺りなら、それも承知している。甘味料として黒糖は、かなり甘いので、これなら誤魔化されてくれる。
「・・・ったく、手間を取らせてはいけません。おまえがイヤがるから、私が召喚されたではありませんか。小竜、みな、今は公務で忙しいのです。我慢を覚えなさい。」
叱り付けて薬湯を飲ませている蓮貴妃は鬼か、と、内心で静晰は、ツッコミだ。だが、小竜は、ちゃんと飲み干した。そればかりか抱き上げられていると微笑んだように口元を緩ませもする。だが、蓮貴妃は、何もしていないし、叱っているのだ。
「本当にしょうのない小竜ですよ? おまえは。・・・・もう少しすれば、皆様もいらっしゃる。それまで我慢なさい。だいたい、この怪我も、おまえが我が上のお言葉を理解していないからです。」
自業自得だ、と、ずけずけと言っているのが、上元と静晰のほうが堪える。それは、あんまりだ、と、嗜めようとすると、蓮貴妃は微笑んだ。
「よいのです。私くしの申すことは間違っておりませんし、小竜は、私の心を見ているので、何も問題はございません。」
「え? 」
「蓮貴妃、それは、どういうことですか? 」
作品名:海竜王の宮 深雪 虐殺8 作家名:篠義