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王都バルムンク物語

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「ハーヴィとは、古語で気高きもの、賢きものという意味だそうで、確かにハーヴィは賢者でした。あらゆる知識、とくにヘルメス学において、ずば抜けた才能をお持ちでしたから」
「ヘルメス学? てなんだ」
 ライムは頭をかく。学問より剣を極めたかったので、錬金術などが苦手であったからだ。
「ヘルメス・トリスメギストス、でしょ」
 バージルがロレンツォに答えを言うと、
「正解」
 ロレンツォは苦笑した。
「ヘルメスってでも、昔いた神様だろ。なんだってそんな」
「神は天にばかりはおられません。あらゆる場所で活躍しているのですよ。その証拠が、成長です」
 ロレンツォは説明をしながら、時折切なそうに空を見上げ、
「命あるものはいつか、すべて死に絶えます。その答えを知るのが、錬金術であると、古代人は考えたようですね・・・・・・。しかし錬金術は科学や思想の一部でしかないんですよ。完全な答えなど、いかなる方法をもってしても、まずありえません」
 手のひらには、神への忠誠の印、ロザリオ。
 ロレンツォは力を込め、強く握り締める。
「世界がこれで滅んでしまうならば、それもまた運命なのでしょうか・・・・・・!? それとも、変えられるのでしょうか、誰の犠牲もなく! その方法があれば、ぜひ知りたい。たとえそれが、錬金術でなかったとしても、悪魔の術であっても」
「ああ、ロレンツォ」
 バージルはロレンツォの前に肩ひざをつき、手をとって握り締めた。
「俺も同じ気持ちだよ。犠牲なんてあってはならないことだ」
「甘いね」
 金髪の騎士が、年端も行かない少女の首筋に剣をあてがい、バージルたちを脅すように告げた。
「船を出してもらおうか。さもないと、お嬢ちゃんの首筋に真っ赤なもんが流れちゃうぜ」
 バージルは複雑に微笑んでいた。
「サラ、無事だったんだ」
 この状況で再会を喜ぶ羽目になるとは。
 サラもこわばった笑顔でバージルを見つめている。
「知り合いね、なるほど、それなら話が早い。さあ、船はどこだ、これから周の煬帝に会わなくちゃならんのだよ」
「あんた、誰だい」
 ライムが腰に手を当てて、騎士に尋ねると、騎士は余裕たっぷりの態度のライムに、少々むっとしながらも答えた。
「俺はシグフリード。北の王国から来た」
 バージルはロレンツォとライムの顔を交互に見つめ、シグフリードの顔もまじまじと見つめていた。
「なんだ、おめえら、人質がどうなってもいいのか!?」
「あなたがシグフリード王子なら、聞いてほしいことが・・・・・・」
 シグフリードはバージルの澄んだ瞳に負けて、構えていた剣をついにおろした。
「わ、わかったから、そんな目で見ないでくれ、・・・・・・弱いんだ」
 このせりふに、一同は苦笑した。 



 「サラ、何が起こったんだ」
 バージルの問いかけにサラはわからないと答えた。
「あたし町にはいなかったのよ。おとうちゃんの代わりにマグロとっていたからなあ。なんせおとうちゃん、腰悪う、しとってからに」
「そういえばそうだったね」
 バージルもいまさらながら思い出した。
「おとうちゃんの敵をとらにゃあ、と思った矢先、このおっさんがな」
「おっさんとは何だ、傷つくなあ、超イケテる美形つかまえてよッ!」
 ナルシストなのか、シグフリード。
 一瞬、冷たい空気が部屋中に行き渡る――。
「なんだよう、その目は! その態度は! 俺は王子だぞ、無礼な!?」
「同じ王子でも、ぜんぜん違う」
 ライムの毒舌に、ロレンツォとサラは納得。
「失礼なやつらだなあ。俺様にたてつこうってのか」
「まあまあまあ」
 バージルは血気盛んなこの英雄に落ち着くよう、頼む。
「お前さんが言うなら、そうしてやろう」
「ところで王子様。あなたのグラムはどうなっていますか」
 ロレンツォが重々しい口調でシグフリードにたずねる。
 バージルだけが、気づいていた。
 何にというと、ロレンツォの奇妙な行動に――。
「おう。俺のグラムか。ここだぜ」
 ロレンツォの視線はグラムに釘付けとなっていた。
 なぜかバージルは、ロレンツォに一抹の不安をおぼえはじめる。


 バージルは吸い込まれそうな気がして、恐ろしかった。
 聖剣グラムの輝きは、尋常ではなかったからだ。
 真っ青で、半透明で、水のようにときどき波紋を作り、鏡のよう、光に反射する。
 なんて美しく、妖しいものが世の中にはあったのだろう。
 バージルは魅せられてしまったのかとあせりだす。
「それにしても気になるのは」
 ロレンツォのことだった。
 明日はグラーニャの森まで引き返し、ロゼッタに会う予定だった。
 そのときロレンツォのことも・・・・・・。


 しかし、翌日の朝、ロレンツォは姿を消してしまっていたのである。
 聖剣グラムとともに・・・・・・!


「あのやろう。ぬすっとか?」
 バージルはシグフリードに、ロレンツォを責めないでほしいと誓わせる。
「彼がこんなことをするなんて、思いつめていたんだよ」
「だろうなあ。まったくよ」
 ライムは疲れきった表情を見せ始めていた。
 ここ数日寝ていなかったのだろう、あくびが多くなっていたことをバージルは知っていた。 
「ライム。おれ思うんだけど、もしかしてロレンツォは、おれたちを巻き込みたくないんじゃないか。ほら、いっていたじゃないか、犠牲がなくなれば、と」
「あん!? まさか」
 シグフリードが素っ頓狂な悲鳴を上げる。
「まさかあの坊さん、ひとりで女神三人をやっちまうつもりじゃなかろうな。あいつにできそうなことじゃないんだがなあ」
「問題はできるかできないかじゃ、ない! してはならないことを行うものの行動を、制することだ!」
 バージルの剣幕に、シグフリードは、
「あ、ああ・・・・・・そ、そうだよ、な」
 と、従順に返答する。
 へえ、とライムは感心した。
 バージルは城を出てから少しずつ、たくましさが現れたようだから。
 サラもそのことは察したようで、微笑ましいと想うようになっていた。
「船は残っているようやね。みんな、ロゼッタさんに会ったあと、ここに戻ってきてえな。あたしが舵をとるけん。安心しな」
 こっちもこっちでたくましいや、とライムは面白がっていたようである。 



  ロレンツォには、聖剣グラムを握ることすら不可能だったにも関わらず、彼は決意し、力を込めて柄を握ると皮膚をただれさせ、聖なる剣を腰の鞘へ押し込んだのだ。
 グラムにかけられた魔法によって、ロレンツォの手は真っ赤に焼け爛れてしまっていた。
「こんなことで、やめてはならない」
 ロレンツォは自分へ言い聞かせる。
「これは、戒めなのだ。神が私に与えた、罰かもしれない・・・・・・」


 運命の三女神のうち、そのひとり、ヴェルザンディとロレンツォは、聖域の中で出会ってしまった。
 ロレンツォにとって、ヴェルザンディは神聖であり、同時に魔性の存在でもあった。
「いけませんわ。わたくしにはあなたを愛する資格など」
作品名:王都バルムンク物語 作家名:earl gray