王都バルムンク物語
「ああ、おかしい。王子が自分から旅に出るなんて。オレの作戦勝ちだった」
「えっ」
「まさか、あなたは!」
ロレンツォはライムのいいたいことがわかったようで、ライムと一緒に大笑い。
「あなたは軍師らしい」
「ど、どういうことかわからないんだけど」
今度はライムがバージルの肩をゆすってこう答えてやる。
「王都を離れたから、バージルに気安く言葉をかけるがな。じつは王の前でああいったのは、お前さんを連れ出すためだったのさ。まあ王にしてみりゃ、不安だらけだったろうけど、前々からオレに仰せになられていた。かわいい子に旅をさせたいとな」
「父上もわかっていたんだ」
ライムはうなずき、
「そういうこと! さあ、先を急ぐぞ。聖都まで」
軽く二度、バージルの肩をたたくと、ライムは微笑んで背中を向け、歩き出した。
「ひどいや、ロレンツォも知っていたの?」
「いいえ、存じません」
涙をためながら、ロレンツォはくすくすと笑いの余韻を見せていた。
「ひどいや。ひどいや。ライム!」
背後で愚痴るバージルをよそに、ライムはロレンツォに続きを尋ねていた。
「それで、グラムとユグドラシルの関係ってあるのか」
ロレンツォは唇に指を持っていき、顎の下に当てながら、
「はい、そのグラムでなければユグドラシルを切り倒せないのです。大木を倒したとき、神を超越した力を得ることができると。しかし伝説ですよ」
「根拠のないものに煙は立たないだろ・・・・・・」
「根拠、と申されると?」
バージルはライムの背後で立ち止まって、目の前に広がる闇の森――グラーニャの森、と地元では呼ばれていたが、その闇の世界への入り口までたどり着いたことを悟る。
「ここが、通過点、森の中には、おっかない魔女がいて、迷い込んだ旅人を惑わし、そして――」
ロレンツォも噂で聞いていたので、背筋を凍らす。
「食べられてしまうんですかね」
バージルは、無表情であったが・・・・・・。
「だ〜れ〜が〜、お〜そ〜ろ〜しぃ〜の〜ぉぉぉ・・・・・・」
暗い影を身にまとい、何者かが目の前に現れたとたん、ロレンツォは血の気のうせた顔をライムに向けて、がくがくと全身を震わせていた。
「か、神様、たすけて!」
気絶寸前のロレンツォに、ライムはなぜか、へへへ、と笑い、おかしそう。
黒い影の正体とはいかに!?
「あいっかわらず、失礼な男ね! 誰が悪魔よ!」
森から姿を現したそれは、すらっとした美しい容姿の、ロゼッタという魔女だった。
「やあロゼッタ、いつになくきれいだよ。というか悪魔とはいってねえだろ」
「いまさら遅いわ!」
手にしていたロッドでライムの頭を引っぱたく。
「いてえよ、姉貴!」
「おねえさん!?」
あまりにていない二人の顔を、交互に見比べるロレンツォ。
「に、似てない・・・・・・」
「これでも双子よ、双子。あんたみたいな聖人かぶれに似てないなんて、言われたくないわ」
「せ、聖人、かぶれ・・・・・・」
あまりの言われように、真っ青な顔色に変貌する。
「私は今まで地道に、まじめに、品行方正に生きてきましたが、まさかこんな言われ方!」
「まあまあまあ」
泣き出しそうなロレンツォをなだめるバージル。
「あら、王子様。お久しぶりね」
「ロゼッタさん、歳を重ねるごとにきれいですよ」
バージルの言葉に、ロゼッタは小じわを寄せる。
「あら、そ、それは皮肉・・・・・・?」
「まあまあまあ」
今度はライムが姉を抑えた。
「そ、それよりもだ、姉貴。例の伝説を教えてくれよ」
「例の伝説? なんのことぉ?」
「グラムとユグドラシルです」
ロレンツォが不機嫌そうに言うと、ロゼッタは厳しい表情になる。
「あんた、だから修道士の格好を」
ロゼッタはそれから、三名を家に招いた。
「ついてきて。迷うんじゃないわよ!」
別名を迷いの森といい、ロゼッタが招かざる客人を遠ざけるため、深い霧の魔法をかけていたのだった。
そのおかげで、ライムやバージルや町娘サラ以外、近づくことは困難で・・・・・・。
「あの伝説はろくなものじゃないわ」
ロゼッタは丸太小屋の中央に備え付けられたテーブルのイスに腰掛け、髪の毛をかきあげた。
「グラムは持ち主がいるし、それを見つけてどうしようって言うの。まさか、あいつから奪う気?」
「シグフリードか」
ライムの言葉にロゼッタはうなずく。
「やっかいよ。あの少年、剣の力で不老不死なんだから、よほどの魔法でもなければ傷ひとつつけることができない」
「不老不死!? 死なないの」
「うん」
バージルに微笑み、ロゼッタはうなずいた。
ロゼッタはテーブルに飾られた花瓶の花をいじり、
「あんなのを敵に回すなんて、愚かだわ。どうせなら味方にしなさい」
彼女は言うと、高笑いを始めた。
「言っている意味、よくわかりません」
ロレンツォがつっけんどんに尋ねると、ロゼッタはロレンツォの胸板に指を当て、
「あたしがこのからだを差し出せば、あいつも男、言うことを聞かせられるんだから。ねえ、そうでしょ」
バージルにはよくわからなかったが、サラにそんなことをしてほしくないなあと思うのだった。
「そんなことだめです。絶対だめ! 神がお許しになりません」
ロレンツォときたら、真っ赤な顔をしながらロゼッタの手を握っていた。
その態度を横目で見ていたライムは、なるほどねと勝手な解釈を始める。
「ば、ばかね。冗談に決まってるでしょ。それに神じゃなくてあんたが許さないって、いいたげじゃない! ほ、ほ、本気にしないで。だから聖人は困るわ」
ロゼッタも赤い顔をしながら、無意識にだろうか、彼の手を硬く握り締めていたのである。
ライムはさらに、勝手な解釈を脳裏で展開していった。
「姉貴・・・・・・」
ライムはそれとなく告げる。
ロゼッタは気づくと、両手を離した。
「な、なによ、なんでもないからね!」
このふたりはうまくいくんじゃないかなあ、とバージルはなんとなく心の中でつぶやいていた。
「あいつ」
ところ変わってバルムンク王国。
王は自分の剣が消えているのを見つけ、複雑な心境で微笑んでいた。
「やれやれ。あいつは」
先ほど、バージルは消え入りそうな声でこういっていたばかりだというのに。
「ロレンツォと言う修道士は、この俺に聖都ルーアンまで来てほしいといっていたんですが、どうも俺には荷が重過ぎます」
それを聞いたロレンツォは、あきらめてしまったのか、ライムに期待したのだろう。
「ではライムンド殿。お願いできますか」
「承知」
こうして出かけたふたりのあとを、バージルはやはり追っていたのだ。
「素直じゃないな。誰に似たんだ」
王の背後で王妃がわなわなと、肩を震わせる姿があった。
「あ・・・・・・」