王都バルムンク物語
「わしなら、神ほどに力が及ばずとも、ユグドラシルの大木の枯れることを、その死までの時間稼ぎくらいならできようが・・・・・・」
「陛下。恐れながら」
護衛隊長のライムンドが、横から口を出す。
「恐れながら申し上げますと、陛下、神にもどうにもできぬ、ということ、じつは千も万もございます」
「ライム、まことかそれは」
うなずくライムにたずね、王は頬杖をついていた。
「ユグドラシルを守るには、番人を捜す必要がございますが、その番人というのが、ウルズ、スクルズ、ヴェルザンディという三人の女神なのです。ところが、女神たちはそれぞれが男にうつつを抜かし、地上界で遊び暮らしているとも聞いたことが」
「神とは・・・・・・」
王は表情をしかめた。
「神とは、いかなる場合も冷静ではなかったのか」
ライムは返事をする代わりに、肩をすくめていた。
「た、たしかに、ウルズ様たちは地上界へ赴いて、われらの聖地ルーアンへおこしくだされた。その後は行方までは知らないのですが」
「オレがその女神捜しとやら、手伝ってやろうか」
ライムの言葉に、ロレンツォは、え、と声を出し、顔を上げる。
「その代わりといっては何だが、王子は・・・・・・殿下はお連れ申すな」
「なぜです、神のご意志ですよ・・・・・・」
「わからんか」
ライムはロレンツォを王から遠ざけ、耳打ちをした。
「王は気の弱いといっておられた王子のこと、誰よりも案じておられる。王子はこの国の希望なのだ、その王子が旅になど出てしまえば、跡継ぎの心配もあり、何より民の心が乱れる」
ロレンツォは厳しい表情でライムを見据えていたが、やがてあきらめたようにすると、次第にこわばった顔つきを和らげた。
「わかりました。それではお願いしましょう」
バージルは陰からこの話を聞いていた。
そして、こっそり用意したヨハンネスの剣を背負うと、ごくりとのどを鳴らす。
ときに、東の最果ての国に天帝、という地位の煬帝よう・ていという皇帝、周という国にこのものはあり、大いなる城壁を築いたとされている、伝説の男として君臨していたし、この国の特徴は不老不死の研究を煬帝がさせており、学者の多い国と、有名にもなりつつあった。
「不老不死の研究を多くの学者にさせているのだが、成果の現れたためしがない。どうしたことか」
「何を申されます、みかど。俗に言う練丹術なるものは、ホトケと呼ばれた人物のいた国が発祥、だそうですな」
「いかにも。しかし、報われん研究だよ、まったく。費用ばかり重なって結果はてんで」
天帝に話しかけていた老人は、真っ青なローブを身に着け、いかにも異国人であることを印象づけていた。
それにも増して、この老人は、片目をつぶしてあったので、近くで見ると恐ろしげであった。
「片目の魔法使い・・・・・・か」
煬帝はニヤリと笑んだ。
その笑みの意味を理解してか、老人も同様に笑んでいる。
「みかど」
老人が低い声でうなるようにして、皇帝につぶやいた。
「シグフリード・・・・・・ジークフリードとも呼ばれる、北国の獅子をご存知か」
「なに、北国の獅子だと」
地下室から響いてくる金属のこすれるような、甲高い音など気にもならないといったように、皇帝は目を見張る。
「そんなやつがおったのか」
「おや。世界を牛耳ると豪語する割には、・・・・・・無知ですな」
「むっ・・・・・・」
煬帝は口元をへの字にゆがめた。
「冗談ですよ。ふぉふぉ」
と老人は嘲笑してから、
「そのシグフリード、おたくの命を狙ってここまでくるかもしれませんぞ」
「なにっ」
「もしそうなれば・・・・・・やつに攻め入られた国は、ひとたまりもなく消し去るという、いわくつきの勇者でしてな。できれば、避けたい戦になるだろうから、こうしてまいった所存で」
「それで、どうすれば進軍を防げるというのか」
「まだ攻め入られるといった動きはないのですがのう」
皇帝は、老人になめられていると悟った。
なので、への字に曲げたままの唇を、とうとうかみ締める。
「お怒りなのが手に取るようにわかる。だが、あせるでないぞ。聖都ルーアン、そこにはユグドラシルという大木があり、その木を――」
老人の眼光が、鋭く光る。
皇帝はその眼光に殺気を覚え、一歩後ろへさがる。
「――切り倒すのじゃ、そうすればおぬしに、神以上の力が手に入ろう」
「神以上の!?」
強欲な皇帝は、神以上の力と聞き、興奮した。
「ルーアンへはどういけばよい。教えろ」
「ただでとは、いわんよな?」
老人は下卑た笑いを皇帝に向け、皇帝は手をたたいて宦官を呼び寄せる。
「おい、酒を持て」
「承知いたしました」
宦官の一人が頭をたれて下がると、しばらくのちに老酒を盆にのせ運んできた。
「今夜はとことん酔わせていただこうか、皇帝陛下」
皇帝は老人の意思を読みとって、女たちを呼び、酒池肉林状態にして老人をもてなした。
「物分りがいい。おぬしは出世するな」
「もしも、世界を制覇した暁には・・・・・・」
皇帝は黄金の冠に垂れ下がった飾り物をゆらし、老人に跪いた。
「おや、何のまねだ」
「暁には、あなたを師と仰ぎましょう」
老人は満足そうに微笑み、杯をみかどに勧めるのであった。
「それにはまず、王の証を手に入れることだ」
皇帝は顔を上げ、首をかしげた。
「王の・・・・・・証?」
「持ち主の英雄シグフリードは、聖剣グラムと呼んでいた」
皇帝は口の中でその名を繰り返した。
「聖剣、グラム。して、それが証となるのですか」
「なるとも」
老人は薄ら笑い、杯を傾ける。
「なるともさ。なんせ、国ひとつを消し去る威力・・・・・・。そんなのを持ったあいつが、北国の獅子なんぞと呼ばれるのは、ひとえに剣のおかげであると」
「なるほど」
「奪え」
老人はみかどにそう、命じた。
「奪え、そして、わしに楽をさせろ」
と唇の端を持ち上げて――。
「王の剣に神の大樹ねえ」
ライムはロレンツォと街道を歩きながら、髪を乱す。
「グラムは、北の国の王子様が持っていると」
「王子様・・・・・・」
ライムは鋭い視線で後ろを振り返った。
「どうされた」
ロレンツォはライムに声をかけると、口元を押さえた。
「バージル殿下」
街道のところどころに生えている木々の隙間から、ひょっこりバージルが現れたのでロレンツォは驚いたのだ。
「えへへ、黙ってついてきちゃった」
「お話を聞いていたんですね」
ロレンツォの表情が和らぐと同時に、ライムはそっぽを向いたまま不機嫌そうにうなっていた。
「殿下。オレはお守りなどごめんです、足手まといなんですよ」
バージルはロレンツォと顔を見合わせた。
「怒りたい気持ちは、わかるけどさあ」
「ふっ・・・・・・」
急に立ち止まって、ライムはわなわなと肩を震わす。
「どうしたのライム」
バージルがライムの肩をつかんでゆすると、なぜかライムは次の刹那に大爆笑。