ふれる手…ダレ?
僕に向かって『飛ぶよ。ほら、飛ぶよ』と期待させて、なかなか飛ばない。
あ。
やっと、飛んだかと思ったら、目の前の道に落ちた。
「圭が取っておいで。ちゃんと飛ばしてあげようよ」
僕は、ベンチから降りると、じっと道に動かないカナブンを掴んでみた。もぞっと動いて思わず手を引っ込めた。今度は指先で そう、ぱぱのように摘んでみた。
カナブンは、大人しく僕に捕まえられてくれた。
「ぱぱ、見て。ぼくもてたよ」
「すごいな、圭。やっぱり男だなぁ」
またひとつ ぱぱのようにできた。嬉しかった。
僕は、掌に乗せた。ボクの手の上を歩く。痛いけどくすぐったくて ダンゴ虫よりも重かった。ずっと歩いて、指先まで辿り着いた。もう行くところはないよ。
「そろそろかな」
ぱぱが、そういったときだ。カナブンは 薄翅を広げて飛び立った。
今度は、目の前に落ちずに ずっと木のほうまで飛んでいって見えなくなった。
「さて、そろそろ帰るか。きっとままが おやつ用意して待ってるぞ」
僕は、ばばの腕に捕まるように飛びつくと、ぱぱは、僕を抱き上げてくれた。
僕は、カナブンのように ぱぱの腕から飛び立てるような気がした。
「ん? 抱っこか?」
僕は、もう大きいんだ。ぱぱに抱っこじゃ恥ずかしい。うん、此処ではね。とぱぱの体を滑るように降りると、ぱぱと手を繋いだ。
帰り道のぱぱは、もっと仲良しの友だちになった。
「ただいまー」
「おかえりなさい。暑かったでしょ。アイスクリームあるから手を洗っていらっしゃい」
ままの笑顔が 迎えてくれた。
洗面所で手を洗い、汗をかいた顔もバシャバシャと洗った。
これも ぱぱの真似だったけど、気持ちよかった。
ぱぱと僕が、アイスクリームを食べているとき、ままは、乾いた洗濯物を取り込んでいた。
どさっと部屋に下ろした途端、ままが きゃあと声をあげた。
タオルの端っこに カナブンがとまっていた。
僕は、ままにも 勇気をみせた。
「わぁ、圭ちゃんすごいねぇ。カナブン触れるんだ」
僕は、ぱぱを見た。ぱぱは、何かの言葉なのか 親指を立てて微笑んだ。
そして、今。
あの頃の僕と同じくらいの息子がいる。
いつか、この子にもこんな素晴らしい体験を教えてやりたい。
僕の父のように 大きな心で。
― 了 ―