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海竜王の宮 深雪  虐殺2

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 簾公主の持つ機関は、竜族の領域だけでなく、他の種族の領域や神仙界の周辺への調査もしている。どうしても、竜王の宮や水晶宮は、そちらの情報収集が弱いから、そこいらを簾公主がフォローしているのだ。神仙界は広い。いろんな種族が分かれて暮らしていて、それぞれに独自の風習や生活習慣がある。その中には、調べておけば有用に活用できるものもあるのだ。簾公主自身が、それを経験上、熟知しているから、夫の補佐をするために、それらを役目としている。だから、いろんなものが出入りする。季廸とも、簾公主自身が、放浪している時に知り合った。武人の腕もあるし、放浪しているから他の種族との交渉も巧みだ。そこいらの技術を買っている。だから、別に上下関係などというものは、あまり気にしていないから、どちらも雑な言葉遣いになっている。
「・・・北か。まあ、いいだろう。たまには、北の酒も恋しい。」
「一本所望するぞ? 」
「ああ? 持って帰れだと? 」
「白酒のいいのが呑みたい。・・・・伯卿に嫁いで、動けなくなったのだけは残念だ。」
 今までなら、自分が思った通りに行動できた。だから、今日は北へ、明日は東へ、と、放浪していたのだが、さすがに竜族長の正妻となると、そうそう宮を空けるわけにはいかない。それに、簾公主自身も、深雪の護衛の仕事があって離れられないのだ。
「よく言う。おまえの望みだったんだから、多少の窮屈ぐらいで泣き言とは笑止だぞ、簾。」
「別に泣き言ではない。この生活も悪くはないのさ。ただ、そこでしか飲めない酒というものがあるから、伯卿にも飲ませてやりたいって思うだけだ。ついでだろ? 一本、確保してくれ。」
 その言葉に、季廸のほうも頬を緩める。この男勝りの女丈夫が惚れた相手は、竜族の長だった。惚れた相手に嫁げたのだから、文句はないのだろうが、行動の制限だけは、如何ともしがたい。それを承知で嫁いだのだから、ある意味、季廸としては惚気られている気分だ。
「しょうがないな。まあ、いいだろう。あそこの白酒だろ? 」
「そうだ。私が欲しい、と、言えば譲ってくれるはずだ。よろしく伝えてくれ。」
 旧知の酒蔵がある。季廸も知っているところだ。生産数が僅かで、外までは出回らない。どうしても現地で買わなければ手に入らないのだ。それじゃあ、支度をするか、と、季廸が立ち上がろうとしたら、外から官吏の、「報告。」 という大声が聞こえた。
「簾公主様に申し上げます。長より火急のお呼びでございます。長の公宮まで、お出ましください。」
 官吏の声で、周辺は静まった。火急となれば、何事か遭ったのかもしれない。
「季廸、出立は、しばし待て。」
「そのほうがよいな。」
 何かあったのなら、その情報収集には人手が必要になる。ふらふらと放浪しているわけにはいかないから、季廸のほうも、もう一度、席に座りなおした。まずは、情報だ。それが掴めない限りは、動けない。簾公主のほうは、官吏を背後に従えて、さっさと扉の向うに飛び出していた。





 引き千切られた竜の首は、ひとまず、門の外で検分された。その額に貼り付けられている書簡も検分して、それから水晶宮の主人の許へ運ばれた。ちょうど、長も、滞在していたので、そこで書簡を開く。
「なんだとっっ。」
 読み終える前に、長は怒鳴った。内容が荒唐無稽すぎた。主人夫婦も読み終わり、「なんということだ。」 と、肩を落とす。
「誰か、簾を呼んでくれ。急ぎだ。」
 長のほうは、自分の正妻を呼び出した。情報の確定ということなら、水晶宮にも青海竜王の宮にも、専門の機関があるのだが、それを動かせば、この情報は、竜族全てに漏れるからだ。
「まず、簾に調べさせましょう。あれなら、後宮のものが使えます。まさか、こんなことは有り得ない。」
 極秘裏に、ということなら、簾の後宮の力は役に立つ。そのために用意している機関でもあるし、簾の後宮の人間は、簾の信頼に足る人物ばかりだ。情報の漏洩も少ない。
「いや、あの首は、叔卿の従者の顔だ。間違いはない。」
「ですが、叔卿が捕縛され、あまつさえ、深雪を迎えに寄越せなど、そんなものは成立しません、父上。」
「では、西海の宮に確認をさせませんか? 伯卿。叔卿の在する場所を確認しなければなりません。」
 主人夫婦も、正直、信じられない。神仙界でも最強と謳われる武人である息子が、敵対するシユウに捕縛されるなど、考えられないことだ。とはいうものの、証拠として届けられた首は、その息子の従者のものだ。信じられない、と、嘆いてばかりはいられない。
 すぐに、簾も飛んできた。その書簡を、長が見せると、こちらも絶句した。
「調べられるか? 簾。」
「すぐに、私の後宮の人員を派遣する。・・・・しばらくは伏せておけるのか? 広。日数はいかほどだ? 」
 簾も反応は早い。これが、ただの冗談なのか本気なのか、それによっては対応が変わる。それに、何より問題なのは、水晶宮の次期である深雪を迎えに寄越せという一文だ。そうしなければ、西海竜王の逆鱗を剥ぎ、首を届けるという。そんな要求は受けられないが、易々と西海竜王を殺させるわけにもいかない。
「十日が限度だ。それ以上になれば、叔卿の不在が問題になる。あれには病気などという理由は使えないからな。」
「奪還できそうなら、こちらで対処しても良いか? 」
「・・・おまえ、自身で出向くつもりか? 」
「しょうがないだろう。これが真実であるなら、とりあえず奪還しないとマズイだろうし、竜族が仕掛ければ、全面衝突になる。そんな騒ぎは、天宮に知れれば、そちらも問題だ。」
「竜族長の正妻が殴りこむのも問題だとは思うがな。」
「ただの武人の簾に戻るさ。・・・・まあ、場所による。本拠地の宮城のひとつとなると、私の手勢だけでは攻めるのは難しい。」
 いくら、武芸に秀でた簾と、その手勢といっても、シユウの本拠地で暴れるのは危険極まりない行為だ。隠密裏に侵入して、竜王だけを確保するというなら、どうにかなるだろうが、本拠地ともなると隠密裏に侵入するのも難しい。
「簾、まず事実確認をしてくれ。奪還は、それからだ。」
「奪還となれば、全面衝突も辞さない覚悟でなければなりません。それは、まず、事実が確認できてからですよ、簾。」
 長夫婦の会話に、水晶宮の主人夫婦も口を挟む。ただのイヤガラセなら、それに越したことはない。事実なら、事実で、他の竜王たちを招聘して奪還の方法を模索することになる。
「もちろんですよ、義父上、義母上。ですが、調査の段階で、奪還できそうなら、一足飛びにやったほうが良いということです。・・・・あまり、周囲に知られるのは良くない。」
「確かに、そういうことだが・・・おまえまで捕縛されたら、本気で戦争になる。そこいらは自重してくれるか? 」
「自重はするさ。・・・・それから華梨には内密にしてください、義父上、義母上。たぶん、華梨が知れば、深雪にも届きます。そうなったら、あれは動くかもしれない。勝手に飛ばれては、私たちでは止められません。まずは事実確認をさせていただきましょう。・・・広、私は、しばし気鬱の病で宮に引き篭もる。」
「わかった。隠し扉から出ろ。武器は足りるか? 」