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海竜王の宮 深雪  虐殺1

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 人間界の養い親が身罷るのを、ずっと眺めていたのだ。そのため、超常力を、そちらに集中して実際の肉体の稼動を最小限にしていた。それがわからなくて、関係者は大混乱だった。西王母からの連絡で、原因がわかって、慌てて、長が、その保護者殿との会見をして、別れが出来たのだという。
「広が、こっちに呼び寄せようとしたんですが、素っ気無く拒否を食らったそうです。相変わらず、あのバカは人間であることが楽しいらしい。」
「ほほほほ・・・それは無理というものだ。あれは、小竜と次の約束をしているのだ。戻るわけがない。・・・あれは好きにしているのだ。許してやっておくれ、廉。」
 人間になりたいという夢を結実させてしまった仙人は、転生を繰り返し人間であることを楽しんでいる。それは、あの仙人の望みだったのだから、誰も覆らせることは叶わない。廉も苦笑して、「はい。」と、頷くだけだ。
「さて、父上、それは寝ているので、私と一献いかがですか? 」
「そうだね。寝ている間だけは独占させてもらえるから、喉でも潤すとしようかね。」
 起きると、途端に逃げてしまうので、寝ている時しか抱いていられない。慣れている女性陣なら、なんとかなるのだが、男性陣は無理だ。なるべく顔を出すように東王父も心がけているのだが、研究に没頭すると時間を忘れる。小竜の人間界の保護者が身罷ったのも、先日、妻から教えられた。それで、顔を出したのだが、それからでも数年は経過している。


 蓮貴妃が、小竜の私宮に席を用意して、廉とふたりして、そちらであのバカ仙人についての四方山話などしていた。いろいろと逸話の多い仙人なので、話は尽きない。なんせ、最初から懐いたのが母性のカタマリのような西王母ではなく、厳つい黒麒麟だったところからして、普通ではなかったからだ。
「そういや、角端は、そろそろですか。」
「そうだろうね。妻が何か言ったかね? 」
「出仕はしていないと聞いております。深雪に会った後は、隠遁したそうです。策明も、そちらに従っているので、新しい黒白の麒麟が、あちらにまかりこしたとのことで。」
「ということは、今は麒麟の頂点は青飛だな。あれは気が短くていけないね。」
「ちょっと大人しくなりましたよ、父上。」
「おまえ、そろそろ、その呼称はやめないか? 白那に失礼ではないか? 」
「何をおっしゃいます。王夫人に求婚の算段をした時に、あなたは私の義理の父におなりだ。もう今更ですよ、父上。別に公式ではないんだから、それでいいでしょう。白那父上も是稀母上も、そんな瑣末なことでは困りません。そういや、父上も碧は下賜してくださいませんでしたね? 」
「当たり前だ。一人息子を嫁にやってどうするのだ? 廉。」
 遥か昔、廉は、東王父の息子と末娘に求婚した。息子は許可がでなかったが、末娘は、好きにしなさいと許可はもらっていたのだ。だから、東王父と西王母は、廉にとって義理の両親ということになっている。実際は、その末娘は竜族の長を快く想っていて、竜族の長も惚れていたから、実際には娶っていないのだが。呼称は、そのまんまになっている。
「・・・・可愛かったのに。あれなら、正后の位で迎えたいとおもいましたよ? 」
「おまえは本気だから性質が悪い。天宮からも、そんな話は来ていたからねぇ。本当に可愛い子だった。でも変わり者だったから。」
「まあ、変わり者ではありました。親友が角端と文里ですから、それだけで変わり者でしょうよ。変わり者だけど綺麗で可愛いのは一番でした。」
「北方の血が濃く出ていたから、銀糸のような髪に碧色の瞳という変わった姿ではあったかなあ。・・・そう考えると、深雪の鱗は、あれとそっくりだね? 廉。」
「そうでしたね? 父上。いや、そうか・・・さすが、あのバカの養い子だ。ははははは。」
「おまえぐらいだよ? あの子をバカと呼んでいるのは。」
「母上は放蕩息子とおっしゃいます。ついでに、文里は、ボケ仙人と呼んでいましたが? 」
「本当に愛されていたからねぇ。」
「愛されていましたね。私は、あの身体も愛したかった。」
「おや、おまえらしくもない。夜這いをかければよかったのに。」
「あのね、父上。怯えられて泣かれたら、どうすればいいんですか? 私は、あの顔で泣かれたら萎えます。」
「・・・おまえ・・・やったね? 」
「一度だけ。でも、一緒に寝ただけですよ。何もしていません。」
 当人が耳にしたら、泣きそうなことを言っているが、当人は、もういないので言いたい放題になっている。蓮貴妃も傍についているが、スルーの方向だ。亭主の悪行なんて聞き慣れている。
 寝台の上で丸まっていた桜が、のそりと動いた。深雪の守り猫は、深雪に危害を加える相手にしか反応しない。廉と東王父だと反応はしないが、のそりと動いて扉の前に立った。
「誰か来たのか? 桜。」
 それに気付いて、蓮貴妃も腰の帯剣の柄に手をかける。桜が反応するからには、何かしら五月蝿いのが来たのだろう。騒々しい音がして、扉が開くと、そこには西海竜王が立っていた。
「よおう、廉。・・・あれ? これは、お久しぶりです、東王父様。」
 しゃあーと桜は威嚇して、東王父の前で西海竜王を睨んでいる。気性が激しい西海竜王の気に反応しているらしい。優雅に叩頭して、東王父に挨拶すると、その席にどっかりと腰を下ろした。深雪の守り猫など無視だ。
「どうかしたのか? 叔卿。」
「いや、深雪の顔を拝みに来ただけだ。寝てるのか? 」
「ああ、さっき、剣の稽古をしたのでな。」
 東王父の膝の上で抱きかかえられている小竜は、すぴすぴと寝ている。これぐらいの音では起きないらしい。
「誰も東王父様のことは教えてくれなかったぞ? 」
「こっそり来たのでね。また、こっそり帰るから公宮には報せないでくれないか? 叔卿殿。」
「承ります、東王父様。・・・しかし、廉、こんな小さい頃から剣の練習なんてさせなくていいんじゃないか? 疲れて寝るぐらいなら、また熱を出すぞ? 」
 竜王たちは、末弟の深雪に過保護だ。発熱して寝込むのは可愛そうだから、と、誰もが体力をつけさせようとしない。それではいかんだろうと、あえて、廉が訓練させているのだ。
「おまえたちの深雪バカには困ったものだ。少しずつ、練習させて体力もつけなければならん。それほど無茶はさせてない。これは教育の一環だ。」
「だがな・・・廉。俺は、深雪が眠り病やら発熱やらすると、心配になる。そんなことになるぐらいなら、穏やかに暮らせばいいんじゃないか? こいつは水晶宮の次期だ。実際の戦闘に出ることなど皆無だ。俺たちが、深雪は守るのだから、剣技など身につけなくても。」
「そうはいかない。次期様ではあるが、華梨の夫だ。華梨を守れなくて、どうする? それに、徐々に体力をつけさせておかなければ、何かあった時に竜体にもなれないんだぞ? そのほうが危ういではないか。」