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 登校時刻は遅いほうなので、クラスメイトとの会話もそれほどしない内に授業が始まった。
 それほどしない、というのは私が、それほどしないというだけに過ぎない。私が登校してくるまでにもクラスの女どもは会話をしていた筈である。
 口から出た瞬間にかき消えてしまうような、無意味な言葉。
 会話というのは、その代表例が世間話であるように、元来無駄で、無意味なものなのだけど。
 世間話をしている女が一番馬鹿そうにみえる。それが事実だから仕方ない。
 学力は関係ない。
 ここは十分に進学校で、受験の迫りつつある今、勉強に追われていない奴なんて居やしない。
 勉強が出来ても、女は馬鹿なのだ。
 そういう私自身、馬鹿のふりをしているわけだけど。それが女というものだ。
 人間が二本足で歩くのと大差ない。仮に二本足で歩くことが、いかに劣った低俗な行為だとしても、人間が四本足で歩くのはおかしい。
 下らない話で馬鹿みたいにへらへらしてる女が当然なのだ。
 いかにそれが馬鹿馬鹿しいことでも、下らない世間話はしないというのは、だめなのだ。
 そういう意味で、この女は上手くバランスをとっているようにも思える。
 この私の左隣の女。九段寺綾。
 馬鹿みたいに笑ったりはしない。しかし馬鹿どもとは会話しないというわけでもない。
 友達がたくさんいるというわけではないのだろうが、友達が少ないという感じでもない。
 そして、美人の部類に入りそうな顔をしている。普通美人というのは羨ましがられつつも、なんとなく嫉妬されているというのがよくあるパターンだ。その点で見ても、よくある美人という顔立ちでもないが、きれいな顔をしているから、好感度が高い。
 キモいからぼっちにしてやろうという気になるどころか、むしろ積極的に仲良くしていきたくなる雰囲気だ。
 私としては憎い限りなのだけど。こんなムカつく女と仲良くなんてしたくない。
 そもそも私がこの学校を選んだ理由というのは、美人が少ないからにほかならない。それは言い換えれば、ここが進学校ということだけど。
 私は、この学校では可愛いということになる。それは、もう全く、相対的な可愛さなのだけど。
 そういう意味でもこの女、邪魔である。可愛いと美人は別概念だが、私とこの女を比べれば、この女の方が外見上の評価が高いのは一目瞭然なのだ。この女の自己主張の薄さによって、ぎりぎりのところで私のほうが上を保っているだけなのだ。
 だが、この女の魅力というのは、自己主張の薄さを内包している。つまるところ、この女が自己主張の激しい状態で魅力を保つことなどできないのだ。
 魅力はあっても、それを外部に主張することはできない。そういう類の魅力だから。
 その意味で、この女が私より上に立つようなことは有り得ない。
 有り得ないのだが。
 落ち着かないのは事実だ。
 東京タワーの展望台には、床がガラス張りの部分があるが、そこに立っているようなものだ。
 いくら安全ですよなんて言われたところで、不安なものは仕方ない。

作品名:刻印 作家名:咲会伶俐