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刻印

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(2)



「やっぱこれらしいよ」
 と、手のひらをこちらに向けて、その真ん中を指し示しながら、クラスメイトの女子は言った。岸辺亜由美とかいう名前だった筈だ。個性のないどうでも良い名前だ。
 これというのは、最近話題になっている噂のことを言っている。
 ちなみに、人が殺された本日は、もうオール昼休み状態である。
「手のひらに文字書かれるっていう噂のこと?あれってあからさま過ぎるぐらい嘘臭い話だけど」
 九段寺はそう言った。
 よく考えてみると、九段寺と他の女子で話すという場面は、実は初のような気がする。九段寺と亜由美はそこそこ仲良くしているようであるが。
 私は九段寺と実はそんなに仲良くしたくはない。というか大嫌いなのだし。
 九段寺は九段寺で、そもそも積極的に会話をするわけではないから。
 レアな場面だが、やっぱり全然楽しくない。
「止めに入った男子が見たって言ってたの。手のひらに漢字が刻んであったんだって!書いたとかじゃなくて、刻んであるみたいな感じだったらしいよ」
 亜由美の鼻息が荒い。まあ面白いからね。わかるよ。馬鹿の反応なんてそんなのだし。
 漢字が刻まれていた奴とは、あのコンクリート打撃系男子の山田のことだ。あの気違いは、もうとっくに警察が連れて行っている。
「なんて字だったの?」
 実は訊くまでもなく私は知っているわけだけど。
 さっき山田が警察に連れて行かれる時にちらっと見えた。
 でもまあ、そこは会話の作法なのであえて訊く。
「『落』っていう字だったらしいよ」
「『落』か。受験に受かりたいのに、『落』なんて字、皮肉だね」
 と九段寺。
「もう落ちるどころじゃないけどね。逮捕されちゃってるじゃん」
 間抜けというか。
 覚悟が足りないのか、努力が足りないのか。
 いや、頭が足りないのだろう。
 九段寺の言う「皮肉」というのは、そういうことも含めての発言だろう。
 この噂というのは。
 この学校からそう遠くない庵堂記念公園の話だ。
作品名:刻印 作家名:咲会伶俐