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友と少女と旅日記

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 私は劇場の名前と住所を先生から聞き、先生にお礼を言って、転送装置で早速行ってみることにしました。あのおとなしい彼女が踊り子だなんて、にわかには信じがたいことでしたが、自分の目で確かめないことには何も始まらないと思ったんです。
 マルヴィラという町は、ノーナ村とは全然違う雰囲気でした。良く言えば華やかで活気がある、悪く言えば治安が悪そうな遊び人の町といった感じです。酒場やカジノ、風俗のお店、そんなお店がいくつも立ち並ぶ大通りから少し外れた裏通りに、その劇場の入り口はありました。
 劇場があるのは地下1階で、なんというか隠れたお店という印象を受けました。地下への階段をまっすぐ降りると、そのまま正面に扉がありました。両脇には壁があり、すぐうしろには降りてきた階段が、物理的に考えて引いて開けるタイプの扉ではないと分かるほど、狭い入り口でした。
 扉を押し開けて入ると、左にはカウンターが、右を見ればカーテンのような赤い幕がありました。中央のあたりをめくれば、中に入れそうな様子でした。実際、中からは観客の熱い声援と思われる声が響いてきました。
「んあ? お客さん? 女性は3000G(ギー)ね」
 ボサボサの髪で、無精髭の中年親父(――おそらく店長です)がカウンターで気だるそうに言いました。商売をやる気があるのかと疑いたくなりましたが、そんなことを言っても仕方がありません。嫌悪感を悟られないように、なるべく普通のトーンで訊ねました。
「あの、ポプラという子がここで踊り子やってるって聞いて来たんですけど、今日は出番ありますか?」
「ポプラちゃん? ああ、ポップちゃんね。何? 本名知ってるってことは、お客さん、ポップちゃんの友達?」
 どうやら彼女はお店ではポップという名前を名乗っているようでした。こういうお店では、そういうものかと一人で納得しながら、私は応えました。
「まあ……、そんなところです」
 正直言って、友達だなんて名乗る資格は私にはないのだけど。
「だったら、少しここで待っててくれればいいよ。今やってる公演にも参加してるけど、次の公演でも出番あるから。というか、ここのところほぼ毎日休まずやってるんだけどね」
「彼女、人気あるんですか?」
 私は財布を四次元袋から取り出しながら訊ねました。
「人気はあるよ。マリンちゃんにはまだ敵わないけどね」
 マリンちゃん(――おそらくこれも偽名なんでしょうけど)という人がこのお店のNo.1なのかと、私は3000Gを中年親父に手渡しながら思いました。
 これ以上、こんな中年親父と話をしていても仕方がないので、私はおとなしくロビーで次の公演を待つことにしました。
 待ってる間に、何人かお客さんが私と同じようにやってきましたが、中にはカップルもいました。女性一人だと、さすがに浮くかもしれないなとは思っていましたが、男性客しかいないということもないようでした。
 一際大きな歓声と拍手が聞こえてきたと思ったら、しばらくして赤い幕の中からお客さんが続々と出てきました。その数は20人程度。演劇の舞台との比較してですが、多い人数とは言えないでしょう。かと言って、全く儲かっていないということもないようでした。
「じゃあ、もう中入っていいよ」と中年親父に促され、私は幕を開けました。すぐ目の前には観客席と舞台があり、本当に幕一枚で仕切りを作っているだけなんだと思いました。
 しかも観客席と言っても、そんなに立派なものではなくて丸型のパイプ椅子がいくつも並べてあるだけのようでした。舞台の照明もチープな感じで、こんなので盛り上がるものなのかと不安になるほどでした。
 特に指定席があるというわけでもないようだったので、私はやや右寄りで後ろから2番目の席を選びました。一番うしろだと、逆に目立ってしまうと思ったからです。正直、彼女の方に気付かれたとき、どういう反応をすれば良いか分からなかったのです。
 正直言って、自分でも女々しい考えだと思います。観客席に照明が当てられることはないだろうとは言え、これだけの近距離で気付かれないわけはないのに。彼女に謝るために来たはずなのに。それなのに、彼女から隠れようだなんて。
 しばらくして、舞台に照明が当てられ、陽気な音楽が鳴り響く中、舞台の袖から何人か踊り子たちが出てきました。確かにその中に彼女はいました。だけど、私の知ってる彼女とは印象が全く違いました。
 ぺったんこだったはずの胸も女性らしくなだらかな曲線を描いていて、短かった髪もサイドテールにしても肩に届くほどになっていて、何よりも地味な服ばかり着ていた彼女が肩やおへそや太ももを露出するような格好をしていたことに驚きました。
 ひょっとしたら、彼女がここにいるということを聞いていなかったなら、彼女だとは分からなかったかもしれません。よくよく見てみれば、顔には若干の幼さが残っていて、全く面影がないというわけではないのですが。
 ――正直、見ているのがつらかったです。あのおとなしかった彼女が、まるでストリップショーのように見世物になっているという現実を受け入れるのは、私にとっては難しいことでした。
 だから、私は俯いてしまって、舞台から彼女が降りてきたことに気が付きませんでした。今から思えば、観客席をぐるりと回るというファンサービスのようなものだったんでしょう。
 まるでテストのときに先生が生徒の見回りをして、私の席までやってきたかのような距離まで来て、私は俯いていた顔を起こし、ようやく彼女と目が合いました。
「…………ネルちゃん?」
 多分彼女は目が合ってすぐ気が付いたんだと思います。はっとして、踊る足も止めてしばらくこちらを見ていましたから。だけど、すぐには確信が持てなかったし、仕事中ということもあって声をかけていいのか迷ったのでしょう。
 一方、私はというと、――迷わず逃げました。安物の椅子を蹴り飛ばすかのようにして、私は劇場をあとにしました。
 また、彼女から目を逸らしてしまった。そんな後悔が胸を衝きましたが、それでも私は再び劇場に戻ろうとはしませんでした。私は怖かったんです。彼女の口から、どんな罵倒の言葉が出てくるだろうかと。
 冷静に考えれば、少なくともあの場では彼女は他人の振りをするだけだったと思います。だけど、もしかしたら言葉じゃなくても目で何かを訴えかけてくるかもしれない。
 その目の中に少しでも侮蔑の気持ちが含まれていたのなら、私はそれだけで泣き出してしまっていたかもしれません。
 それくらい覚悟していて当然なのに。許されないことをしてしまったのだから、当然の報いなのに。どうして私はこんなにも卑怯者なんでしょうか。
 そして今はマルヴィラの宿屋にいて、こんな懺悔のような日記を書いています。――明日、もう一度会いに行こう。私にできることはそれしかありません。
 一晩考えて気持ちを落ち着ければ、きっと次は大丈夫ですから。とりあえず外へ出て、少し風に当たってきましょう。今は冷静さが欲しいです。
作品名:友と少女と旅日記 作家名:タチバナ