友と少女と旅日記
そして、その疑いが決して誤りではないことを私は自分自身でよく分かっていました。だけど、私は、指輪を盗んだのは私ではないということだけはなんとか伝えられないかなどと、せせこましいことを考えるだけで、彼女を庇おうとは一切しませんでした。彼女に罪を被せたのは自分自身だと、よく分かっていたはずなのに。
「ごめんなさい、嘘を吐きました。私が先生の指輪を盗みました」
唐突に言ったのは彼女でした。そのときの心情は、もはや私には想像することすら許されないでしょう。
そんなことをしている暇があるのであれば、私は彼女に謝らなきゃいけなかったし、今でも罪が許されたわけではありません。私は今でも謝罪の言葉すら口にできなかった卑怯者のままなのです。
そのとき、騒ぎを聞きつけた先生がやって来ました。一体なんの騒ぎですかと教育係の先生に、事情を訊いた先生は言いました。
「何かの間違いではないのですか……? もしかしたら、誰かに脅されて嘘の告白をしているのかもしれませんし……」
先生は彼女が盗みを働くはずはないと思っていたようです。彼女がラファエラたちにいじめられている事実も察していたので、彼女が誰かに脅迫されている可能性を疑ったのでしょう。ですが、他ならぬ彼女がきっぱり「いいえ、私が一人でやったことです。他の誰も関係ありません」と言い放ったのです。
そのまま彼女は教育係の先生に執務室へと連れて行かれました。先生も慌てて、あとを追いかけました。その後、執務室でどんな話がされたのかは、私には分かりません。いえ、それどころか、私はその夜の彼女の行動すら知りませんでした。
その日の授業中には彼女は戻ってこなくて、私は浮かない足取りで部屋へ戻りました。そして、ベッドで布団を被って横になりました。布団で自分の顔を隠すようにして、彼女が戻ってきても知らん振りをしようとしていたのです。
気付いたら、本当に眠り扱けていて、いつもよりずっと早く目が覚めました。食事時間には誰かが起こしに来たかもしれませんが、私は現実逃避のために朝まで眠り続けたのです。
そのとき、既に早朝と言える時間でしたが、起床時間まではまだ余裕がありました。だから、彼女の姿は彼女のベッドの中になければならなかったのです。
しかし、そこには彼女はいませんでした。ひょっとしたら、またどこかで泣いているのかもしれないと思いましたが、探す気にはなれませんでした。探したところで、一体何を話せばいいのか分からなかったのです。異変に気付くには30分ほど掛かりました。
「あの子の持ち物が一つもない……?」
彼女は寝るときはいつもベッドの横に鞄を置いていました。それが見付からなかったのです。どこかに行っているとしても、鞄まで持って行く必要はないだろうと思いました。
しかし、部屋中探しても見付からず、そこでようやく私は、私と彼女のベッドの間にある化粧台の上に一枚のメモ用紙があることに気付いたのです。
「ごめんね、ネルちゃん。今までありがとう」
メモに書かれていたのは、それだけです。私を責める言葉は一言もなく、事情も一切書かれてなく、一体何が『ごめんね』なのか、一体何が『ありがとう』なのか、それすらも分からず、私は呆然とするしかありませんでした。
私にできるのは「だから、謝られるのも感謝されるのもお礼を言われるのもめんどくさいんですよ……」と悪態をつくことだけでした。そうして、彼女は私の前から姿を消したのです。
数日後、私は朝の食事時間を終えて、廊下を歩いていたところを先生に呼び止められました。今すぐ執務室に来て欲しいと言われ、私は彼女に罪を被せたことが先生にバレたのではないかと不安になりましたが、執務室で聞かされた話はそんな話ではありませんでした。
「ポプラちゃん、突然姿を消してしまったでしょう? 私も驚いたし、心配していたんですよ。でも、今朝ね、彼女から私宛の手紙が届いたの。
『私は今、ある宿屋で寝泊りしながら、仕事を探しています。孤児院で貰ったお小遣いがなくなる前に見付かるかは不安ですけど、自分でなんとかするから心配しないでください。
あと、できればネルちゃんにもこのことを伝えてください。きっと心配してくれているだろうから』って」
私は先生に、そう聞かされました。正直、『宿屋で寝泊りしている』という部分は疑わしかったです。彼女は無駄遣いは一切しない性格でしたが、孤児院で貰えるお小遣いなんて微々たるものですし、自分の持ち物を売り払ったとしても、たいしたお金は持っていなかったはずです。
だから、多分私たちを安心させるための嘘で、本当は路上生活をしながらで、食べるものにすら困っているのではないかと思いました。
彼女をそんな状況に追い込んだのは、どう考えても私のせいです。ラファエラたちに酷くいじめられていたとしても、孤児院だけが彼女の居場所だったんです。
だけど、窃盗犯だと疑われたまま、孤児院に留まることはどうしても我慢ならなかった。だから、私にも気付かれないように、夜中のうちに孤児院を抜け出したのでしょう。ひょっとしたら、自分は何も悪いことをしていないということだけが彼女の誇りだったのかもしれません。
それから私が14歳になるまでの間、彼女からの手紙は何度も送られてきました。決して私宛とは書かず、先生宛てとしているところは気になりましたが、無事に仕事も見つかったようで安心しました。
だけど、彼女がなんの仕事をしているのかまでは分からなかったし、居場所さえも全く分かりませんでした。何か返信しようと思っても、これではお手上げです。彼女からの手紙は一方通行なものでした。
「でも、先生。私が14歳の誕生日に孤児院を出てからも、彼女からの手紙は届いていますよね? その中に、彼女の現在の居場所が分かるようなことは書かれていませんか?」
これが今日、私が孤児院を訪れた理由でした。私も孤児院を出ることができる年齢になってからは一度も先生に会っていなかったし、連絡の取りようがない住所不定の旅商人です。だから、彼女からの手紙に何か重大なことが書かれていても、私はそれを知る術がなかったのです。
「ポプラちゃんは今、マルヴィラという町で踊り子をやっているわ」
「踊り子、……ですか?」
私は彼女の居場所が分かったことよりも、そちらの方に面食らってしまいました。
「あなたの言う通り、ポプラちゃんからの連絡はずっと続いています。あなたが孤児院を出てすぐに、『実は今、とある劇場で雑用の仕事をしているんです』と手紙が届いたのよ。
そこには店の名前も住所も書かれていました。安定した生活が送れるようになるまでは、劇場で働いていることは伏せていた方が安心してもらえると考えていたみたいね。
それから、こうも書かれていたわ。『16歳になったら踊り子として働けるようになるから、仕事の空き時間には踊りの練習もしています』と。その言葉の通り、今は踊り子として生計を立てているようなの」