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友と少女と旅日記

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 この私だって、イルマがこっ酷く叱られて終わるだけだと思っていました。しかし、そうは問屋が卸さなかったのです。イルマは一瞬何かに気付いたかのような顔をして、ちらりと私の方を見ました。そして、何かを握り締めた右手を机の下から突き出してきたのです。
 私は、なんのつもりかと一瞬思いましたが、すぐに意図に気付きました。イルマの右手に握られているのは教育係の先生の指輪で、それを受け取れと言っているのだと、――つまり、『お前が指輪を盗んだ犯人だということにしろ』と暗に伝えようとしているのだと気付いてしまったのです。
 私は気付かなかった振りをして拒否をすることもできました。いえ、明確に拒否の意思を伝えることだってできたんです。だけど、もしここで指輪を受け取らなかったのなら、あとで八つ当たりをされることは明白でした。
 私はそれが怖かった。教育係の先生に叱られることよりもイルマの報復の方が恐ろしかったんです。だって、私はあいつらにいじめられる子たちの姿を何度も見てきたから。どんなに酷い目に遭わされるのかを理解していたから。
 だから、私は指輪を受け取ってしまったんです。途端にイルマはほっとした様子になりました。
 教育係の先生は私から見て左の列の前から順番に一人ずつ持ち物検査をし始めました。机の中も鞄の中も、服のポケットの中も全部です。一人ずつ一人ずつ、全ての持ち物を机の上に並べさせたのです。
 中には煙草や化粧道具など、教室に持ち込んではいけないものを見付けられて、酷く叱られるのではと身を強張らせる子もいましたが、教育係の先生は軽く叱り付ける振りはしていたものの、実際には指輪の行方が気になって仕方がないようでした。(そもそも私たちの国では18歳以上じゃないと、煙草を吸ってはいけないのですが……)
 そうして、一人ずつ持ち物検査がされていき、イルマの番がやってきました。もちろんイルマの持ち物からは指輪は発見されませんでした。それ以外にも叱られるようなものは何も持ってなかったようです。
 なので、教育係の先生も何も言うことはないといった様子で、イルマの後ろの席の子の持ち物検査を始めました。その子の持ち物検査が終われば、次は私の列の一番前です。
 私はどうしようかと焦りました。既に持ち物検査が終わったイルマに指輪を付き返すという選択肢も考えましたが、おそらくあいつは拒否するだろうと思いました。
 元々、つい魔が差してしまっただけで、どうしても指輪が欲しかったわけではなく、自分が犯人だとバレるリスクはなるべく排除したいはずだと、私は考えました。下手をすれば、私が不審な動きをしていると教育係の先生に告げ口していたかもしれません。
 私としても、そんなリスクは排除したかった。イルマが私の動きに気付いたとしても、何も言わずに見逃すような方法で、指輪をどこかに隠せないかと考えたのです。
 ――そして、私は一つの方法を思いついてしまったのです。悪魔に取り付かれたかのように、そのままその方法を実行しました。
 少し時間が経って、私の持ち物検査が行なわれるときがやってきました。私はまず、机の中のものを全て出しました。あったのは教科書とノートだけです。筆記用具は元々机の上に出していました。
 次に鞄の中身も全て見せるように言われました。こちらもあったのは、教科書とノート、あとは財布、ハンカチ、ポケットティッシュなどで、いずれも持ち込みが許可されているものでした。
 ですが、教育係の先生は納得しない様子で、私のズボンのポケットを手探りで調べ始めました。それはもう執拗に。教育係の先生からすれば、化粧室の入り口ですれ違った私が一番怪しかったのでしょう。他の子よりも念入りに調べられた気がします。だけど、結局どこからも指輪は出てこなかったのです。
 それでもまだ納得できないという顔を露骨にされましたが、これ以上調べても無駄だと悟ったのでしょう。諦めて、私のうしろの子の持ち物検査を始めました。そう、いくら探しても見付かるわけはありませんでした。私は別の場所に指輪をこっそりと隠したのですから。
 そして、ついに彼女の番になりました。彼女は言われるがままに机の中のものを全て取り出しましたが、もちろん指輪は見付かりませんでした。次に彼女は鞄の中の教科書やノートを勢いよく取り出そうとしました。
 そのとき、彼女の鞄から、あるものが零れ落ちました。それは小さいものでしたが、確かに床にぶつかって、静まり返った教室中にコツンという音が響きました。
 教育係の先生は、それを見て、聞いて、それは自分のものだと大声を上げましたが、一番驚いたのは彼女自身でしょう。
 だって、全く身に覚えがなかったのですから。彼女の鞄から、それが、――指輪が出てくるなんてことは絶対にあり得ないはずだったのですから。
「な、何かの間違いです! 私は犯人じゃありません!」
 信じられないという顔をしながらも、彼女は懸命に身の潔白を主張しました。しかし、必死の弁明も通じるはずのない状況でした。当然、教育係の先生も全く信じようとはせず、彼女の頬を強く叩きました。
「見苦しい言い訳など聞きたくありませんッ! じっくりとお話を致しますので、今すぐ執務室まで来るように!」
「ま、待ってください……。本当に違うんです!」
 頬を打たれた痛みなど気にする余裕もない様子で、それでも彼女は懸命に懸命に、今にも泣き出しそうな顔をしながら、自分は無実だと主張し続けました。そして、彼女は一頻り叫んで、もはや言葉にならない悲鳴のような声を上げて、左隣の席に座る私の方を見ました。
 その彼女の眼は『ネルちゃんは、私のこと信じてくれるよね……?』という期待と不安が入り混じっているように見えました。彼女は私に弁護を期待していたようなのです。だけど、私は彼女と目が合ってしまったことに動揺して、うっかり目を逸らしてしまったのです。
「ネル、ちゃん……?」
 今度ははっきりと声に出して、彼女は言いました。私の様子に違和感を覚えたのでしょう。ただ見殺しにしようとしているだけではなく、別の何かを申し訳なく思っているように見えたのだと思います。
 はっとして彼女は自分のうしろの席の子の顔を見ました。だけど、その子からは不審な様子を感じなかったのでしょう。だから、彼女は気付いてしまったんだと思います。
 彼女の鞄は机の左側に掛けられていました。もしそこへ指輪を入れられるとしたら、彼女のうしろの席か、あるいは左隣の席か、それ以外には考えられなかったのです。そして、うしろの席の子が潔白であるとすると、残るのは左隣、――そう、私以外には考えられなかったのです。
「まさか……!?」
 彼女は小さく呻いて、もう一度私の顔を見ました。そんなわけはないと思いたかったに決まっています。だけど、私が俯いていて、ただただ申し訳なさそうにしているのを見て、疑いを徐々に深めていったんだと思います。
作品名:友と少女と旅日記 作家名:タチバナ