友と少女と旅日記
私はただ、自分には関係ないと、図書室から持ち出した本を読んでいるだけでした。いじめられた子が先生に泣きついて、いじめが発覚しても、私は何も関わってないし何も知らない、そんないじめがあったなんて初めて知ったと言うだけでした。
そして、ラファエラたちは好き勝手やっても、証拠がなければ先生に叱られることもないと調子付いて、段々と彼女たちに味方する子たちも増えていきました。私も見て見ぬ振りだけではなく嘘の証言までしていたわけですから、消極的ないじめの加担者だったと言えるでしょう。
奇妙なことですが、私が取った態度はラファエラたちからはある種の信頼を得ていたようです。こいつは何があっても、自分たちが不利になるようなことはしないと、そう思われていたようなのです。
これらは女子寮で起きたことであって、男子寮の子たちは関係ありません。しかし、おそらくですが、男子寮でも似たようなことは起こっていたと思います。どこに行ったって、弱い人間に対して鞭を打つ人はいるものですから。
そんなくだらない最低の日々を過ごし、私は13歳になりました。ある日、私は新しく孤児の子が来ることを先生から聞きました。その子の母親は若くして病気で亡くなり、父親も先月、雪山の登山中に雪崩に遭って事故死したのだそうです。
彼女の名前はポプラ、私と同い年です。寮では、たまたま私と同室していた子が孤児院を出る年齢になって出て行ったばかりだったので、私と二人一組で同室することになりました。
これからよろしくお願いしますと言った彼女は、そのときまだ何も知らなかったのです。孤児院で起きていたいじめのことも、私の最低最悪な人間性のことも――。
そう、私は彼女に対して謝らなきゃいけないんです。私が孤児院で、唯一友達になれそうだった相手、――なのに、私は彼女を裏切ってしまったんです。私はとんでもない罪を犯してしまった罪人なのです。
「もしかして――」
私の過去語りを黙って聞いてくれていた先生はそこで初めて口を挟みました。
「そうです。先生も心当たりがあるはずです。先に言っておきますが、私は犯人ではありません。だけど、私が彼女を裏切ったことには違いありません」
正直言って、誰が犯人かなんてことはどうだっていいことだと思っています。問題なのは、私が彼女を裏切ったという一点のみだけであって、今更あいつを糾弾するつもりなんて一切ありません。
――あの事件について語る前に、先生にもう少しだけ私と彼女の関係について話しておこうと思いました。先生が知っていることも知らないことも全部含めて洗い浚い話すことで、懺悔をしたかのような気分になりたかったのです。
彼女は元々明るい性格ではなかったのでしょう。いつも何かに怯えているかのような顔をしていました。もちろん彼女も両親を亡くすという不幸に見舞われたのですから、明るく過ごせと言う方が無理があるのですが、おとなしくて抵抗しそうにない態度がラファエラたちの格好の餌食となりました。
いじめの内容は筆舌に尽くし難いものばかりです。トイレ掃除用のモップを彼女の顔に押し当てるというくらいならば、まだ軽い方だったと言えるほどです。しかも、私の知る限りでの話ですから、ひょっとしたらそれ以上に酷いことをしていたかもしれません。
就寝時間になる頃は、私は二人一組の部屋で一人で本を読んで過ごすことが多かったです。もちろん真面目な彼女が就寝時間を無視して、勝手に出歩いていたなんて話ではありません。
私は彼女が部屋に戻ってこないというだけで、どこかでいじめを受けているのだと察することができました。だけど、私は彼女がボロボロの姿で帰ってきても、部屋のタオルを渡してあげるくらいで特に何もしませんでした。
だけど、それでも彼女は激しく泣きながら、私に対して何度も何度もありがとうと感謝の言葉を告げました。
「ありがとう、ありがとう……。ネルちゃんは本当に優しいね……。こんな私のことを見捨てないでくれて……」
何を馬鹿な。私のどこが優しいと言うのか。私は直接加担していないだけで、彼女のことを見殺しにしている。私がそんなようなことを言っても、彼女はそんなことはないと。ネルちゃんは自分の優しさに気付いてないだけだよと言うのです。
「だって、いつも私が帰ってくるまで寝ないで待っててくれてるじゃん」
――確かにそれは事実でした。でも、そんなことで許されるなんて思ってませんでした。だけど、彼女は、こんな私に対して好意を寄せていてくれたのです。
そんなある日、学力テストが行なわれました。孤児院でも、普通の学校と同じように授業はありましたし、教室もありました。
授業を受ける子の年齢はバラバラなのですが、女子は女子でみんな同じ授業を受けていました。テストの内容は年齢によってレベルが調整されていたようです。
授業は各科目ごとに、それぞれ教育係の先生がいました。彼らは孤児院で雇われているだけで、必ずしも子供たちに対して愛情があるわけではありませんでした。
テストの結果が出たのは、一週間後。教室で一人ずつ、それぞれに対して採点された解答用紙が返されました。点数や順位が発表されることは本来ないのですが、ラファエラたちは興味津々で彼女に突っかかって、テストの点数を見せるように要求しました。
「はぁ? 何この酷い点数!? あんた、ちょっと頭悪過ぎじゃない? 頭に蛆虫でも湧いてないかどうか検査してもらったら!?」
「うわあ、どうやったらこんな点数取れるの!? お姉さま、こいつ、ある意味天才なんじゃない?」
いつも通り一番声がでかいのはラファエラとイルマでしたが、周りの連中も彼女を取り囲んで嘲笑を浴びせかけていました。しかし、偉そうにしているそいつらも決して成績が良いわけではなかったと思います。横目でちらりと点数が見えただけですが、少なくとも私の方が成績は良かったでしょう。
と言っても、それだけならまだ良かったのです。それから更に数週間後、新しく教育係の先生が来ることになったと先生から聞かされたのです。しかも、授業数も増えることになるかもしれないという話でした。
そのため、子供たちの間では彼女の成績があまりにも悪かったせいで、厳しい教育係の先生が来ることになったのだという話になりました。それは全くの事実無根ではなかったでしょうが、彼女だけの責任だとは思えませんでした。
でも、ラファエラたちは、そんな理由で彼女をいじめました。私が見たのは教室の隅っこで泥水を飲まされる彼女の姿だけです。泥水はわざわざ外から掬ってきたのでしょう。陰湿にも程があります。
私は見なかったことにして、すぐに寮へと戻ったので、何があったかははっきりとは分かりませんが、その後はもっと酷い仕打ちを受けたのだと思います。その日、部屋に戻ってきた彼女は全身泥塗れで、穴だらけの服装になっていました。
そして、その夜、私は眠れなくてベッドで横になっていました。しかし、彼女はどうやら私が完全に眠りについていると思ったらしく、こっそりと鞄を持って部屋を抜け出しました。